毒にも薬にもならない話 Part 8

目次
その71 ある決意
その72 子供たち
その73 引っ越した
その74 iMac 騒動
その75 限りないもの それは欲望
その76 いつか どこかで
その77 何が何だか

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その71 ある決意
 私の母の母、即ち祖母が病床に就いて2カ月余り過ぎた。
 正確な年齢は覚えていない(!)が明治末期の生れであるのは間違いない。米寿はとうに過ぎたはずだったし...。
 幸い祖母の子供達は近くに住んでいて、1カ月ほどは交替で看病していたそうだが、どうにも良くなる気配がなく先月から入院しているとのことである...。

 以前は「でっぷり」という言葉を使っても良いほどの体格(?)であったが、母の弁によると「やせ細ってしまっている」そうである...。

 入院後、MRIで検査したところ、肺ガン、そしてそれが脊髄に転移した、という診断結果だったらしい...。

 早速、母が私に電話をかけてきた。

 「頼むからタバコを止めてくれないかい...? 家族のことを思うなら止めないといけないよ...。」

 そう言う母の言葉はこれまでのように高圧的(!)ではない...。

 「う〜〜ん...。」

 はっきりとした返事をしない私...。

 私自身は、もし自分が喫煙が原因でガンになったとしても、それは自業自得であると思っているのだ...。(いや、今すぐ死んでもいい、ということではなくて。(笑)) 
 それに、祖母も含め、喫煙者ではない人が肺ガンで亡くなったという例もある。(もちろん、その方の家族にも喫煙者がいない、というような症例(!)までも知っている。)
 祖父だって、彼は喫煙者だったが、90歳過ぎに老衰で亡くなるまでは(もちろん、年相応に精力はなくなっていったのだが)元気にしていた。

 人間、いかに健康を大事にしようと死ぬときは死ぬのだ、と開き直ったり、一旦始めたことを途中で投げ出すような意志薄弱な私でもない、などと屁理屈を並べたくもないのだが...。(意味不明)

 でも、娘にすりすりしようとする(爆)と「お父さん、タバコくさ〜い!! あっち行ってよ!」などと言われると、一瞬、タバコは止めようかなぁ...、と思ったりするのも事実である...。

 う〜ん...。1日に2箱は軽く空けてしまう私の目下の悩みである...。
 
 よぉ〜し、決めた!! 今度からは一人っきりの時、もしくは同席者(?)が喫煙者である時だけ吸うことにするぞ!(爆)

 (ちなみに、今、母屋に行って(笑)この決心を妻に告げたら「どうしてあなたはいつもそうなのっ!?」となじられた...。(爆))
(2001年06月23日書き下ろし)
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その72 子供たち
 「子供たち」と書いたけれど、これは世の中一般の子供について書くということではない。私の子供について、の話だ。

 この前、とある人から「HASENOBUさんちのじゅそ君は最近どうしているのですか?」、そして「じゅそ君のことは時々出て来るけれどお姉ちゃんの方はあんまり出ないですよね。」、さらには「HASENOBUさんって、家では子供とあまり関わらないのですか?」などの質問(?)を受けた。
 だからって訳じゃないけれど、これを書く。(笑)

・じゅそは相変わらずである...。(笑) つまり「マイペースな、とぼけたヤツ」路線をひた走りに走っている...。「飄々として」という感じよりも「のうのうと」と描写したい...。
 語彙は着実に増えている。(笑)

 この前、家族で東京に行き、ま、私は仕事だったのだけれど、妻と息子、娘は丸一日、東京ディズニーランドで過ごした。それなりに楽しんできたようであるが、その晩あたりからじゅそは少し熱っぽい感じがした。だけれども、「非日常」の中で本人はそれに気づいていないようだった。
 翌朝も、どうも微熱があるようだったが、やはり本人は不調を深刻に訴える気配はない。妻が「遊び疲れてしんどいだけよ。」と言い聞かせると納得していたようだった。(笑)
 だが、一応、念のため、ということで、その日、お世話になっていた友人K氏に「すまんけど、風邪薬、ちょっとちょうだい。」と私は頼み、その錠剤を2粒ほどじゅそに服むように言った。
 私:「ほら、じゅそ。これを服んでおきなさい。」
 じゅそ:「ん...? 何なの、これ?」
 私:「いいから黙って服めよ。ほら。」
---じゅそ、しぶしぶと水と共に錠剤を飲み込む---
 じゅそ:「ねぇ、お父さん、さっきのは何? 一体ボクに何をのませたの?」
 私:「おいおい、何だよ、その言い方は?(笑) 気にするな。ただのビタミン剤だよ。元気になるお薬だよ。」
 じゅそ:「まさか、興奮剤...?」
 私:「(呆れつつ)あのなぁ...。何でお父さんがそんなものをお前に飲ませる必要があるんだよ!?」

 で、友人K氏と「一体こいつはどこでこんな言葉を仕入れてくるのだろうか...?」と苦笑いしたものだった...。

 話は変わるが(いや、あまり変わらないが(笑))、ディズニーランドのこと絡みだ。
 私:「で、どうだった? ディズニーランドは? 乗り物は楽しかったかい?」
 じゅそ:「う〜ん、まあまあだね。ボクは乗り物も楽しかったんだけどさ。お姉ちゃんがねぇ〜...。」
 私:「何だよ、いずみんがどうかしたのか? ちゃんと言えよ。」
 じゅそ:「だってね〜、横で『ワーワーキャアキャア』うるさいんだよ。うんざりしたよ。」
 私:「...。」
 その会話を横で聞いていた娘は「こいつ、生意気っ!」と膨れっ面だ。

 ま、大体、いつもこんな調子だ...。

・う〜ん、確かに娘についてはあんまり書いていないような気もする...。我が娘、いずみ、愛称「いずみん」は、至極まっとうな子供である。容姿、性格ともに私に似ていて、非のつけどころのない人物である...。(爆)
 とは言っても現在14歳、中学二年生。そろそろ難しい「お年ごろ」である...。

 幼い頃は、もちろん一緒にお風呂に入っていたのだが、小学校高学年のあたりからそういうことはなくなり、今は皆無...。「二十歳過ぎまで一緒に入ろうね。」という、十年ほど前に娘と指切りをして交わした約束はどこへ...?(爆)
 夜眠るときも、ぴたっと寄り添って寝ていたのだが、最近ではそういうことは、滅多にない...。(ToT)
 今ではそばでタバコを吸っていると、「お父さんっ! タバコの臭いが髪についちゃうじゃないっ!」と言ったりする娘さんになってしまったのだ...。

 だけども、そこは我が娘。「いずみ〜ん!」と呼びかけて手を広げるとすりすりとしてくる。(爆) ま、いつもではなく、その時の娘の御機嫌の程度によるのだが。
 で、抱き締めて「いずみ〜。昔はちっちゃあ〜い女の子、だったのにぃ〜...。」と私が言うと「はいはい。」と軽くいなす。(笑) 「昔は、優しくて可愛いい女の子、だったのにぃ〜...。」と言うと、時に「何よ? お父さん、何が言いたいのよっ?」とむくれたりもする...。(爆)

 ...。(←ちょっと物思いに耽っている。)

 う〜む...。今でこそ、妻とほとんど身長も変わらないほど大きくなったのだけれど、やはり私にとってのいずみんは、いつまで経っても、私の膝辺りにしがみついていた幼い女の子なんだ...。

・ってことで(?)、父親としての私と、二人の子供たちとの関係は、う〜ん、あんまり希薄ではないと思う...。目茶苦茶密接ってこともないが...。
 よその家庭と比較するつもりは毛頭ないが、自分が体験したもう一つの家庭、すなわち、私の父母と関わり、ということでの家庭ってことだが、その時の父と私の繋がり(?)よりは、あるかなぁ、って気がする。(いや、私の父が、父親として失格だとかいうのではなく。(笑))

 ふむ...。こうやって書いていると、自分が「父親として、こうあらねばならない!」という確固たるものを持っていないことに気づく...。(爆) こう書くとこれはこれで無責任みたいにも聞こえるけれど...。(笑) 言いたいのは、ただ、無理に肩肘張って「父親」を演ずるようなことはしていないし、したくない、ということだ...。あくまで自然体でいたいなぁ、ってことだ...。

 じゃ、ま、そういうことで...。
(2001年10月27日書き下ろし)
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その73 引っ越した
 すでにお気づきだとは思うが、このホームページはGeocities から Goo へと引っ越しをした。
 理由は簡単だ。一つは、かねてより思っていたのだが、Geocities は、転送が遅いのだ...。ブラウザ上でファイルマネージャーを使っての簡単な転送方法もあるが、これはこれで時間がかかり、開設の当初は利用したが、すぐにやめて、FTP転送に切り替えた。だけれども、回線の関係か何か分からないけれども、異常に時間がかかることの頻度が増え、いらつくことが多くなった。(笑)
 私は(前にも書いたけれども)このホームページを作るにあたっては、「ホームページ作成ソフト」は使っていない。HTML言語を少しだけ齧って、タグを打ち込んで作っている。
 いや、手間ひまをかけているということを言いたいのじゃない。タグ関係ではちっとも手間ひまはかけていない。だからファイルのサイズも小さい、ということを言いたいのだが。(笑) 例えば、このページ。今の時点で8キロバイトだ。(爆) 基本的にここの駄文群は10個たまると(笑)、樹海送りになるのだが、その時でも50KBを超えていることはまず、ない。ワードのドキュメントなど、すぐに一つで数百KBになることを考えると比べ物にならないほど小さい。(というか、較べても意味がないのだが。)
 で、その僅かなファイルでさえ、転送するのに時間がかかるのだ...。運がいいとき(?)には3秒弱でアップロード完了となるが、遅いときには遅く(笑)、その10倍近くかかったり(笑)、転送が中断されたりもするのだ...。

 ってことで、ほとほと愛想を尽かしてしまった。>Geocities

 で、私は、とあるホームページの管理を委託されているのだけれど(笑)、そこで使っているfreewebのところなどは、早い。いつでもすいすいと(?)転送できる。だけど、そこはそこで、ページを開くとポップアップで広告のフレームが勝手に開いてしまうという致命的な欠点がある...。(爆)

 そういう訳で、(実はいくつも無料ホームページのスペースを取得しているのだが(爆))freewebと並んで転送にストレスを感じさせない Goo を利用することにしたのだ。ここだと50MBの容量もあるし...。Geocities は12MBがリミットであって、そして既に9割近くを使っていて新たにスペースを確保しなければならなくなるかもしれないような状況でもあったのだ。

 いや、しかし...。これまた前にも書いたのだけれど、50MBが無料で使えるとはねぇ〜...。時代も変わったものだ...。(意味不明?) 昔、98互換機を初めて買ったときなど、20MBのHDDが付いているモデルだと十数万円高い、ということで、悩んだ揚げ句あきらめて、ただの(?)FDDのみのモデルを買ったということを思い出すと、実に感慨深いなぁ...。(笑)

 ってことで、スペース的にもゆとりが出て、今まではあまり使っていなかったけれども、画像を気軽にアップできるようにもなった。(笑) ってことで、たとえばこんなページなんかも実は隠してアップしていたりもします〜。(笑) それからタグを勉強して(笑)フレームを使ったページを作ったりもしましたが、公開していません。(爆)

 あ、でも引っ越したのを正式に(?)通知していないなぁ...。(爆) やはりリンクを張っている人だけでもきちんとメールで知らせたほうがいいのかな...。(爆)
(2001年12月24日書き下ろし)
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その74 iMac 騒動
 ってことで(?)、この前、iMacを買った...。(笑) Revision C というモデルでG3 266MHzのCPUを搭載したモデルである。(ヤフーオークションで入手した。) これは私費で買ったものであるので(笑)、もちろん、自宅用である。

 だが(笑)、これを使えるようにするまでには何かと問題が多かった。
 何と言っても、今まで使っていたパフォーマ5430からデータの引っ越しをしなければならない。ま、ソフトの類は再インストールすればいいのだからどうでもいいけれど、自分で作ったデータは貴重だ。(その中身が貴重かどうかは別として(笑)他にない、という意味で貴重なのだ。)
 とは言え、私は動画を扱ったりしないんで、ワープロファイル、テキストファイルが中心だ。ま、MIDIファイルもあるけれども。したがって、自分固有のデータ(?)は300MB足らずである。ZIPドライブを使えば3枚で済む。楽ちんである。

 と思っていたのだが...。USB接続のZIPドライブ(Windows機で時折使うために購入していたもの)を使おうとしても、どういう訳か認識してくれない...。(いや、正確には機器の接続は認識はするけれどもZIPディスクのアイコンが現れない、ZIP Toolsを使おうとしても「ZIPドライブが接続されていません」というアラートが出る始末である...。(意味不明だ...。システムのレベルでは認識しているというのに...。)

 ってことで、 ドライバ関係しか原因は考えられない。そこでUSB接続のZIPドライブを買った時に付いていたドライバインストールCD(Mac OS、Windowsハイブリッド版)を探したが、見当たらない。(爆) 仕方なくiMac をインターネットにつないで Iomega のサイトから最新のドライバをダウンロードした。
 ところが、何と、これでも使用できないではないかっ!!(笑)

 今まで使っていたパフォーマはじゅそのクリスマスプレゼント用として譲るつもりだったのに、時期を逃してしまったぞ...。やはり正当な(?)ドライバインストールCDがないといけないのだろうか...?

 で、職場や自宅を数時間探し回った揚げ句、結局見つからずあきらめた私は、新たにZIPドライブを購入することにした...。ドライバインストールCDのため、だけに...。(爆) で、1万強の不要な出費...。(ToT)

 ちなみに、ZIPドライブを買うのはこれで6台目である...。(爆) 原因不明でエラーが多発してしまって2台は使用不可となり、自宅と職場のマック間でのデータのやり取りのためにSCSI接続のを2台、そしてMac OS⇔Windowsのデータ変換のためのUSB接続のもの1台。で、今回、新たにUSB接続のものを買い足す羽目になるとは...。

 ま、そういう難儀を経て、やっと使用可能に...。>iMac

 だが...。まだ難関は待ち受けていた...。(笑)

 現在のマックOSのヴァージョンは「MAC OS X」である。(「エックス」ではなく「10」ということだが。) で、UNIXベースのこの新しいヴァージョンだと今まで使っていたアプリケーションが使えなくなる。ということで、というか、だからこそ、旧いヴァージョンのOSを搭載しているiMacを買ったのだ。(今まで使っていたパフォーマは Mac OS 8.1 であり、このiMacのヴァージョンは8.5であるから今まで使っていたソフトが使えるのだ。) 

 で(?)、Mac OS 8.5 に標準で付いている QuickTime のヴァージョンは3である。今では5が出ているのに...。(笑) ってことで、何と言ってもアップル社のものだからOSのヴァージョンが低くても大丈夫だろうということでQuickTime 5をインターネットからダウンロードし、そしてiMacにインストールした。

 すると、何と、MIDIファイルが再生できないではないかっ!(爆) 当然、MIDIファイルの制作、更新などもできない...。

 今年中にはあともう一つファイルを作るつもりだったのにぃ...。(うむ...。)

 ということで、またもやその翌日インターネットで検索して、アメリカのサイトからQuickTime 4のスタンドアローンインストーラーをやっとの思いで見つけだした...。(今では最新のQuickTime 5のダウンロードサイトばかりなのだ...。) で、インストールしたばかりのQuickTime 5をアンインストールして(笑)そして旧いヴァージョンをインストールして、やっとの思いでMIDI関係のソフトの動作が可能に...。

 あー...、やはり使用コンピュータを替えるということは大変だなぁ...。関わりが深くなる前にもう、このiMac、売りに出そうかなぁ...。(爆) ブルーベリーの可愛い奴だけど(笑)、やっぱり私には似合わないかなぁ...。(笑) うーん、どうしよ...。

 と言いつつも、これが今年最後の更新だろうなぁ...。ってことで、また来年。皆さま、よいお年を!!(「迎えてください」ではなくて「とってください」です。(爆))
(2001年12月28日書き下ろし)
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その75 限りないもの それは欲望
 昔、井上陽水を好んで聴いていた時期があった。中学校2〜3年の頃だ。友人の「甲斐圭介」という人物の薦めで聴くようになったのだ。
 思えば(笑)、彼は私の人生の音楽分野(笑)に大きく影響を及ぼした人物でもある...。ミッシェル・ポルナレフやザ・ビートルズなどの洋楽への道案内(笑)をしてくれたのも彼だ。高校に入ってからは3人組のフォークグループを作りヤマハのポプコン県予選で郵便貯金会館のステージに立ったりもした。(笑) そして大学時代には彼をリードヴォーカルに迎え、オフコースのコピーバンドで活動したり...。(←遠い目で)
 おっと、話がずれた。

 で、陽水だ。彼の初期の頃の曲に「限りない欲望」というのがある。軽快なエイトビートに乗せられたその曲の歌詞は単純明瞭だ。

 内容をかいつまんで(?)書くと「子供の頃、店先に並んでいた白い靴が欲しくてたまらなくなって母親にねだって買ってもらった。だけどそれを買ってもらったら、赤い靴が欲しくなった。結婚したくてたまらなくなって、そうして念願の女性と挙式を迎えた。だけど、指環をはめるときに、その白い指先が色褪せたものに見えた。いずれ年老いて死んでゆくだろうが、どうせ死ぬなら天国へ行きたいと思う」というような内容だ。

 至極、明快だ。(笑)

 だが、その時の私、つまり25年ほど前の私は、「何て欲深いのだろう...。欲望、ってそんなに限りないものなのか...?」と思っていた。(爆) 経済的に恵まれていなかったということもあるけれど、私自身はかなり禁欲的な考えを持っていたのだ。「あれもこれも」と望むのはいけないこと、というような気がしていたのだ...。

 だが...。(爆)

 それから四半世紀が過ぎ(笑)、今の自分を見てみるとどうだ...?(もちろん、自問です。) 人間的に堕落したのか(笑)、それとも自分に対して正直になったのか分からないけれども、とにかく、「たがが緩んだ」(爆)ような気がするのだ...。
 例えば、それはこの数年の「ギター買いまくり」に如実に現われている(笑)と思われるかもしれないが、それだけではない。(爆) 日頃の生活のここかしこにそういうところが見受けられるように思うのだ...。(おいおいおい、HASENOBUよ...。(笑)) ま、こんな風に書くと救いようのない人物みたいだけれど...。
 
 だけど(?)思うのは、やっぱり、経済的な余裕(?)ってのは人間の生き方に、ほんと、影響するんだなぁ、ってことだ。(ま、当たり前のことではあるが...。)
 もちろん、決して今の自分が裕福であるとか、金持ちになったってことはないのだけれど(笑)、少なくとも昔と較べれば「自由にできる金額」というのは文字通りケタ違いだ。

 今でも時々思い出すのは、大学院生の頃、特にその最初の年は、あてにしていた奨学金が受給されず、授業の合間をぬってはバイトに明け暮れていたことだ。(笑) ま、全ては自分のせいなのだけれど(笑)、大学時代の友人達がちゃんと公立学校の教員としての仕事を得て、それなりの月給を手にしているというのに、自分はまだ学生で、学費を稼ぐためにちょこちょことアルバイトをしている...。時給がいいからという理由で選んだ(笑)肉体労働の仕事で(ま、それは「イベント関係」だったけれど)椅子やテーブルを運んで設置し、そして撤収する作業に汗水垂らしながら「違う...。こんなことをやるために大学院に進んだんじゃないんだ!」という、焦りにも似た悔しい気持ち。
 ま、それさえも、今の自分の状況をもたらしたものであるには違いないが、その時の自分が今の自分を見たら情けなくなってしまうのではないか、逆に、今の自分はその時の自分に対してまともに顔向けできないのじゃないのか、そんな気持ちになってしまう...。

 あらら...? 話がまたまたずれちゃったぞ...。(笑)

 ええっとぉ、言いたいのは、今の自分ってのは、結構、好き放題しているかな、ってことだ...。どうしてこんなことを言いたいのかは分からないけれども...。でも、これが自然なのかなぁ...? う〜ん...。
(2002年01月27日書き下ろし)
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その76 いつか どこかで
 とまぁ、こういうタイトルをつけると小田和正氏の「いつか どこかで Sometime somewhere」を思い出す人もいるかもしれないが、そんな洒落た話ではない。

 私はあんまり「この前読んだ***で〜」というような話は書かないけれど、いつかどこかで読んだ「方言」関係の本の中で紹介されていたことをネタにしたい。ちなみに「方言」関係の本、と言っても専門書ではなかったと思うが。

 さて、「方言」と言うとき、(乱暴だけれども)大きく二つに分けて考えることができる。一つは「語彙」の問題として、そうしてもう一つは「構文」の問題として。ま、問題というのはちょっとあたらないが、いいだろう。
 例えば後者では、特に述語部分について考えれば分かりやすいだろう。「〜しなさい」と言うところを、地域によっては「〜しなっせ。」だとか「〜しんさい。」だとか「〜せんとあきまへんで。」とか、ま、そういう風に言ったりする、という部類の方言のことだ。
 それに対して(?)、前者のものは、同じ指示物であるのに、その名称、言い方が異なる、というものであり、例えば、「麦粒腫」(笑)が、「ものもらい」とか「めばちこ」とか「おひめさま」とか「めぼ」と呼ばれたりする、ってことである。

 今日ここで論じたい(笑)のは、前者の範疇に入るもので、(多分)広島方言の「ぱ〜ぷ〜」という言葉である。(文字に書かれているものを目にすることがないため、果たして平仮名書きが良いのか、それとも「パープー」とカタカナ書きにすべきか分からないが、聞いた感じでは「ぱぁぷぅ〜」という響きである。(笑))

 で、この「ぱぁぷぅ〜」というのは、一種の罵り言葉である。「バカ」とか「アホ」とか「田分け者」の類だと思ってよい(と思う)。だが、「このバカ!」というような突き放したニュアンスではなく「もぉ〜...。バカだなぁ。」って感じ(?)の、関西弁の「アホ」に近い(笑)、少し柔らかな(?)温かみのある言葉であるように思われる。(実際、あんまり聞いたことはないけれど。)

 話を元に戻して...。
 最初に触れた方言関係の本では、この単語を取り上げ、(正確な引用ではないが)「昔、八神純子という歌手がいて、その人が歌った『パープル・タウン』(?)という曲のサビでタイトルが繰り返されるのだが、何度聴いても『パープー タウン』と繰り返しているようだった」との記述があった...。(笑)

 なるほど。(って、納得している場合じゃないが。)

 それから、さらに突っ込んで、かつての名ロックバンドの「Deep Purple」も同様に考えれば、なかなか趣き深いものがあるとも書かれていたような気がする...。

 いや、ただそれだけなんだけれど。
 ね? 洒落た話じゃなかったでしょ?(笑)
(2002年02月15日書き下ろし)

 この駄文を読んだ方から「私は『ぱ〜ぷりん』という言葉を同様の意味で使っています」との連絡(?)を頂いた。(その方は東京方言ネイティブの方) なぁるほど...。私の使用する語彙の中にはなかったんで思いつかなかったけれども、そうかぁ、「ぱ〜ぷりん」か...。おおいに関連のある言葉だ...。ふむ。
(2002年02月17日 付記)

 「パープリン」のことを考えているときに、ふと思い出したことが一つ。(笑) そう言えば、昔は「パー」という言葉を良く使っていたような気がする...。(大阪で過ごした少年時代。) 「あいつ、パーじゃないのか?」とか。
 アニメ番組で「パーマン」ってのもあったが、あれは「スーパーマン」のもじりだ。(正確には「スーパーマン」ではなかったかもしれないが。) いずれにしても「パー」な主人公の乱痴気振り(笑)を描いたものではなかったはずだ。
 で、気になって(笑)、愛用の「新明解国語辞典」で調べてみた。
 すると、「ぱあ」という項目で「言動が常軌を逸脱し、正気の沙汰とは思われないこと」という定義が載っていた。ふむ...。
 だが、「パープリン」はもちろんのこと「パープー」については見出しもなかった...。ま、いいんだけれど。(笑)
 ふ〜む、しかし、やはりこれら3つの言葉は相互関連があるのだろうか...? その意味内容を考えれば同一の語から派生した、あるいは、この3つのどれかが「母体」である、という可能性は高い...。う〜ん、でもここで真剣になって調査・研究するほどのゆとりはない...。いつか、気が向いたら調べようっと。(笑)
(2002年02月18日 付記)
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その77 何が何だか
 ってことで、4年半ぶりの更新。(爆)

 う〜ん。それなりに感慨深いものがあるなぁ、ここまで放っておいたとは...。

 などと言いつつ、今回は、一種のパクリネタ。(爆)

 まずは以下の文面をどうぞ:
---以下、引用---
【こぼれ話】たった一つのクリップが一軒家に=現代版わらしべ長者 (AFP=時事)
【オタワ11日】インターネットを使ってたった一つの紙クリップから物々交換を始めたカナダ・モントリオールの26歳の青年が、1年かけてついに一軒家を手に入れた。まさに現代版わらしべ長者だ

 この青年はカイル・マクドナルドさん。ガールフレンドと一緒に住む持ち家を夢見て2005年7月、パソコン脇にあった赤いクリップを「もう少し大きくて、もう少しいい物」と交換してくれるようネット掲示板に書き込んだ。するとまず、バンクーバー在住の女性2人がこれに応じ、魚の形をした木製のペンと交換。さらにこのペンを米シアトルの彫刻家から申し出のあった顔の模様入りの陶製ドアノブと交換した。

 交換はその後も続き、キャンプ用コンロ、ガソリン携帯発電機、ビールのネオンサインと樽、スノーモービル、スキー旅行券、トラック、スタジオでのレコーディング契約、米アリゾナ州フェニックスのアパートの1年間居住権、ロック・スターのアリス・クーパーと午後を過ごす権利、果てはハリウッド映画への出演の権利などへとどんどん発展。ついに、カナダ・サスカチュワン州の町キプリングが所有するベッドルームが3室もある2階建て一軒家を手に入れた。

 この間、発電機とネオンサインの交換に訪れたニューヨークで、ホテルに発電機を置いておいたところ、異臭がするとの客の苦情を受けた消防局が発電機を一時押収。危うく物々交換が頓挫する危機にも見舞われた。

 マクドナルドさんは8月に新居に移り、9月に大々的にパーティーを開く予定という。多くの人の助けで夢がかなったためか、パーティーへは「誰でも招待する」と話している。
[ 2006年7月12日0時28分 ]
---以上、引用---

 ま、そういうことだ...。

 これで終わりにしてもいいんだけれど(笑)、ちょっと追記。(?)

 このニュースというか、記事を読んだ感想だけれど、「う〜ん...。一体、人生、何が起こるやら...。」というところだ。

 「一寸先は闇」って、普段は悪いことが生じる可能性について述べたものだと私は解釈しているが、上のようなことが起こったりすると、改めて、プラスの意味も含めたくなるところだ...。

 で、話は思いっきり変わって、今朝の新聞が報じるところによると、広島カープの往年の「小さな大投手」である長谷川良平氏が亡くなったとのことで、それに関連する記事が(さすが、地元、中国新聞)紙面の多くが割かれていた。

 ま、私は特に野球には興味がないし、カープが大好きってこともない。地元の球団だから、試合に勝てば、何となく嬉しい、と感じる程度であるからファンでもない。よって、1950年代に活躍したという、それから、カープの監督を務めたこともあるという、その長谷川投手についても無知であるのだけれど...。

 その記事の中に氏の、「孤高の投手」など、独特な(?)一面が記されていて、その語録(?)の中に「結果の出なかった努力は努力ではない」という趣旨のことがあって、私としてはちょっと違和感を覚えたところである。

 もしもこの言が正しいとなると、教育に携わる者として(爆)、「ちょっと待った〜!」と言いたいわけである、私は。

 詳細を論じるまでもないんで省略するけれど、全てを結果のみで判断することは、かなり危ないことだと思う。そうなると、方法論やら過程などを無視してしまうということにも繋がりかねないからだ。

 って、個々人の努力の全てをつぶさに観察すること、知ることなどはできないだろうけれど、それでも、それぞれがそれなりに目標を持って何かしらの向上を目指しているんだ、と考えたいわけだ。<どういう「わけ」だ...?(笑)

 またまた話は変わるけれど、この時期、高校野球の地区大会などがあって、やはり今日の新聞だけれど、夏の甲子園代表校が決まるまでの県大会の一覧の記事が載っていて、それを見ると「19-18」とか、はたまた「38-0」(!)とか、なかなか景気のいい(数字の)試合結果が載ってたりする。

 前者はともかく、後者の試合の、負けたチームのメンバーなど、どういう思いだろうか...? 特にピッチャーなどは...?

 あ。別に知りたいわけじゃないけれど(爆)、もしかしたら、そういうチームだって、懸命に冬はランニングにいそしみ、白球を追って汗水垂らして練習を重ねていたのかもしれない。

 そういうことに思いを馳せるとき、先の「結果が〜」という言葉には敏感に反応してしまうところである...。

 って、往々にして、このような偉人(と目される人物)の言動ってのは、普通の人々には当てはまらないものだとは思うけれど。(笑) そういう意味でも、いわゆる偉人伝、伝記の類ってのは、本当の意味で生き方に影響を与える、とは私は思っていない。(爆)

 あ〜、書き殴ったのが即、察せられるような文面になってしまったな...。ま、いいか、あとは読者の力量に任せよう。(爆)
(2006年07月30日 付記)
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hanko

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