音楽の話 Part 12

目次
その111 恐るべし、マルヤ
その112 第8回関西セッション(1)
その113 第8回関西セッション(2)
その114 こういう知らせをもらうと私もうれしい
その115 そして僕は途方に暮れる
その116 クラフト
その117 タレント
その118 Where will it go?
その119 ギター、好きですか?
その120 こういう知らせをもらうと私もうれしい (2)

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その111 恐るべし、マルヤ
 う〜む、このタイトルを見て「おお、あの店か...。」と頷ける人はかなり少ないと思われるが、ま、いいだろう。 

 でも「ま、いいだろう」だけだとあまりにも不親切なのでちょいと解説をすると:
 広島駅の表玄関、つまり南口から広島電鉄市内線が出ているんだけれど、その線路沿い(?)に駅から5分ほど歩いたところに、この「マルヤ」はある。昭和30年頃には活気があったであろう商店が軒を並べている一画だ。
 この店は中古楽器屋さんである。私の記憶に間違いがなければ、十数年前に私が広島に来てしばらくした頃に、その店でクラシックギターを購入したことがある。また(?)ヤマハのエレガットもこの店で買ったし、その他、ロック部の備品のマイクやマイクスタンド、ギターケースなどもここで買ったことがあるけれど、年に一度行くかどうかだから店のおじさんもおばさんも私のことは覚えていないだろうが...。

 さて、今日の午後、ちょっとした用で広島駅に出かけ、そして午後2時過ぎには用が済んだため、「おお、そうだ。マルヤに足を運んでみるか...。」と思い、行ってみた。

 というのも、先日、この店で「イバニーズのAR300を買った。」という情報があり、しかも、その人の話によれば、そのしばらく前にもAR(550?)が売れたんだと店のおじさんが話していたらしい、ということで、である。で、もしや、また(まだ?)他のARが入荷されてはいないかと密かに期待しながらの訪問である。しかし、残念ながら店頭にはなく、また、倉庫にもない、とのことだった...。

 しかし、この店内、所狭しとギターが並べられている...。12畳ほどの狭い店内に、う〜ん、100本近くあるんじゃないだろうか...? お茶の水の専門店のような小奇麗な陳列とは全く異なるのだけれど。
 
 お目当てのARはなかったが、さりげなく(というか、無造作に)立てて並べられているギターケースのタグには「フェンダーUSA ストラト クリーム色」だとか「ギブソン ヒストリック」だとか書かれていて、思わず「ほほぉ〜...。」とうなりたくなる。

 で、「マーチン D35 SQ 92年」と書かれていたんで、店のおばさんに「ちょっと見せてもらっていいっすかぁ?」と頼むと、どうぞどうぞと快く引っ張り出してくれる。
 椅子に座ってちょこちょこと弾いたりする。う〜ん...。いいな、これ...。値段は17万円...。D35としては安い価格だ...。だんだん欲しくなって来たんで、慌てて「あ、もういいっす。ありがとうございました。」とケースに戻す。(笑)

 次にフェンダーUSAのテレキャスターを指名する。(笑) おばさんは愛想よく「どうぞどうぞ。」と言いつつも「でも、これアメスタよ。最近の定価の安い分。」とさりげなくコメントしてくれる...。(笑) で、これは試奏はせず(笑)、ただ手に取っただけでケースに返す。
 するとおばさんは、「これよりはESPのテレキャスの方がしっかりしているかもね〜。あ、GLのもなかなかいいのがあるけれど、まだ倉庫にしまってあってね。」と...。

 う〜む...。さっきから「おばさん」と書いているけれど、推定年齢65歳くらいの、ま、はっきり言えばおばあちゃんだ...。しかしその彼女の口から「アメスタ」や「ESP」、はたまた「GL」なんて言葉がポンポンと出て来るというのは、う〜ん、何だかすごいと思う...。

 続いて、店内中央部、天井からつり下げられているアコースティックギターを物色。(笑)
 う〜む...。いわゆるドレッドノート型のギターばかりだが、ここにはこれと言って目を引くものはない...。唯一、Cat's Eyeのギターがなかなか渋そうな感じ。
 で、またまたおばさんに頼んで取ってもらって軽く試奏。ふむ...。さすがしっかりとした造り、そしてメリハリのある音だ。恐らくは1980年代のギターであろうけれど、それにしては美品である...。あまり弾かれずに長くしまい込まれたままだったのかな。
 と、おばさん曰く「これは古いけれど、まだまだ弾き込まなきゃね。音が固すぎるでしょ?」
 ...。う〜む...。私には十分な音だと思えたのだが...。(爆) 

 そうこうしているうちに若者のお客さんが来て、天井からぶら下がっているアコースティックギターを物色し始めた。
 で、彼が選んだのは Three S のギター。D41のコピーモデルっぽいものだ。
 だが、その若者は「この、スリーエスってのは初めて聞くんですが...。」とか言っている。するとおばさんは少し淋しそうな笑顔を浮かべ(笑)「そうねぇ、あなたの年代の人は知らないでしょうねぇ...。今はもうギターを作っていないけれど木曾スズキ系列のメーカーで、〜〜。」と説明していた...。

 ま、そういう訳で手ぶらで帰るのも冷やかしの客みたいなんで、ギタースタンドとエレキギター用の弦1セットを買い求めて私はマルヤを後にした。

 店のおじさん(本当は「おじいさん」)にしてもおば(あ)さんにしても、ギタープレイヤーではないだろうけれど、さすがこの道、何十年、って感じだ...。う〜む、侮れないぞ、マルヤ...。(いや、そもそも侮るつもりはなかったんだけれど。)
(2002年11月30日書き下ろし)

その112 第8回関西セッション(1)
 「関西セッション」とだけ書くとあまりにもあっさりとし過ぎていて「何じゃ、そりゃ?」って人も多いだろうけれど、私には唯一無二の関西セッションで何も説明はいらない。(いきなり意味不明の開き直り。)

 ってことで、1999年の9月26日に初めて開催された「オフコース小さな部屋の関西セッション」(これが正式名称に近いと思う)は、以来、半年に1回というペースで行なわれ続け、今回が8回目という訳だ。「ま、とにかく集まって一緒にやってみよう〜。」という感じでスタートしたものの(?)、今では精細な「電子投票システム」まで稼働し、強力なPAサポート陣も加わる、かなり大掛かり(?)なものとなっている。

 ま、セッションの概要はさておき、今回のセッションの話だ。
 前回、つまり昨年9月に開催されたセッションは、公私共に多忙を極めていてどうしても抜け出せない状況だったために泣く泣く参加を見合わせた私であったため、今回はかなりの気合いを入れていた。(あくまで気合いだけ〜。(爆))
 で、投票システムにより今回演奏しようという28曲のうち、首を突っ込んだ(正式にエントリーした)のが11曲、で、実際に演奏された述べ32曲のうち、飛び入りも含め関与したのは18曲。(爆) (いや、私以上に参加された人もいるんですが。(笑))
 ってことで、関わった曲を振り返りながらコメント(?)を。

「愛を止めないで」:コーラスで参加。ギターソロ、リードヴォーカルは私の十八番なんだけれど(笑)、これまでにセッションでやったこともあるんでエントリーを自粛し、本番になってコーラスで参加。

「せつなくて」:これは昨年の2月にやった時に(結構目立つ)ギターのカッティングでヘマをしてしまったということで悔いが残っていた曲だ。その時にサポートをお願いしたT氏に申し訳がなく、今回、もう一度やりたいと思って、T氏にお願いし「言い出しっぺ」になってもらった。(笑)
 で、今度はパートをチェンジしT氏に活躍してもらった。できればコーラスにも関わりたかったが、準備がそこまで廻らずギターに専念。(とは言いながらも悲惨な結果だったが...。)

「woh woh」:この曲は昨年5月に神戸のチキンジョージのステージで演奏した曲だ。小田和正氏のコンサートではギター1本の弾き語りの曲であるが、HOCB(広島オフコースコピー部族)のギタリスト、Y氏がアコースティックギターを弾いてくれるし、エレガットで臨む私は気が楽だ。
 ってことで、ま、前にやった曲だし、直前になったら練習しようと思っていてものの、時間が取れず、結局通して練習することなく本番を迎えてしまうというとんでもない事態になった。(爆) あてにしていたY氏も同様の目論見だったらしく(笑)、お互いにもたれかかって沈んでゆくという結果に終わる。(爆)

「あなたを見つめて」:この曲だけはかなり早い時期から取り組んでいた。年始から年末にかけてのギター練習のほとんどはこの曲に費やしたといってもいいくらいである。何と言ってもギター1本の演奏ということでミスってしまったら目も当てられない。で、実際のところ、2月初めには完璧に近い仕上がりとなっていたんだけれど、セッション前の1週間は他の曲に時間を取られてしまった...。
 本番前にヴォーカルをやってくれるOさんと路上ライブ。(爆) というか、ただの練習、音合わせだが。(笑) ふむ...、ま、これだけできればいいな、という仕上がりであったが、本番ではギターのハウリングに気を取られ集中できず、しかも壁に立て掛けてあったギターが倒れ掛かる気配を感じ、さらに乱れる。(で、その時に私が「マンガの顔」をしたため(笑)、ヴォーカルのOさんが笑い転げてしまう。(爆))

「お前もひとり」:この曲は好きな曲ではあるが今までやったことがない上、他の曲に既にたくさんエントリーしていたため、内心では興味を感じつつも(笑)エントリーできなかった曲。だが、どう考えても2人のギタリストがいないと様にならない曲で、最後まで、まさにG氏「お前もひとり」状態だったために急遽エントリーをして大急ぎでコピー、練習したといういわくつき(?)の曲。ま、本番では「ないよりはまし」って感じかなぁ。>私のギター

「きかせて」:この曲も前にやったことがあって当初はエントリーする予定がなかったものだが、「お前もひとり」と同じような状況で、「じゃ、やるかぁ。」という事態(?)になった曲。で、ギターの出来栄えも、う〜ん、それなり。(爆)

「歴史は夜作られる」:これまた「お前もひとり」で書いたことがそのまんまあてはまるんで略。

「SAVE THE LOVE」:これは上の3曲とは全く逆の状況で参加した曲。既にリードギター、サブギター(?)が揃っているという状況の中にしゃしゃり出て演奏した。(爆) って、PAを通さず、しかも小型アンプで音量は控え目にしたんで、音声記録(?)には残ってないはずだが、今回の中ではベストの演奏ができた。(爆)<ま、この曲と「愛を止めないで」は20年前は骨身に染み込んでいたから。(笑)

「生まれ来る子供たちのために」:参加する予定のなかった曲だが、リードヴォーカルのCさんから直前に「途中のセリフ、お願いしますね。」と言われ、参加した曲。ついでにコーラスも入れた。

「青空と人生と」:以前のセッションでやったことがあるものの自分の中では不本意な出来だったのが気になっていたものの、だからといって「言い出しっぺ」になりたいとまでは思っていなかった曲。リードヴォーカルをかつてのバンド仲間K君が取るということで、それじゃあ手伝わないわけにはいかないだろうってことでエントリー。「せつなくて」同様、T氏にアコースティックギターを依頼するも、自分自身はほとんど練習もせずに臨んでしまった...。(爆)

「call」:英語ヴァージョンでいつか歌ってみたいとかねてから思っていた曲。(爆) T氏がリードギターを演奏する、ってことで、他の曲でお世話になっているお礼の意味を込めてサブギターにエントリー。>ま、サブギターの方は単音のフレーズだったし。

 ってことで、まずはここまで〜。
(2003年02月25日書き下ろし)

その113 第8回関西セッション(2)
 ってことで、コメントの続き。

「恋はさりげなく」:この曲は、ある意味(?)因縁めいた曲である...。当の御本人はお忘れになっているかもしれないけれど(笑)、第1回の関西セッションの打ち上げ会場で「関西セッション御一行様」がフォークゲリラと化した時(笑)に、とある方が「じゃあ、『恋はさりげなく』をリクエストしちゃおうかなぁ〜。」とおっしゃったのだが、「いやぁ〜、この曲は難しいっすよぉ〜。ギターだけでだと雰囲気も出ないですよぉ〜。」と白旗を揚げた(笑)ということがあって、以来、ず〜っと頭にこびりついていた、って訳である。>ってことです、Yさん。(笑)
 実際(?)、個人的には鈴木氏のソロ以降の曲をやりたい、というのもあった。欠席した前回ではもちろんやっていないが、その前は「瑠璃色の夜明け」、「夏の日の午后」と、アルバム Sincerely から連続してやっていたんで、その第3弾として「入り江」を、と思わないでもなかったが、他の曲(「あなたを見つめて」)でエレガットも持っていくわけだし...。
 ってことで、「言い出しっぺ」となり、そして多くの人の厚意にすがる形で、果敢にもこの渋い曲を強行した(爆)次第である。で、その結果は、と言うと...、う〜ん...。自分のことに関して言うと「余裕が全くない。」って感じの歌、演奏である...。う〜む、また挑戦するか...?

「ためらわない、迷わない」:う〜む、何と書けばいいか...。
 他の曲もそうなんだけれど、「練習と本番じゃ大違い」を痛感した曲、であった...。ま、練習量が足りないと言えばそれに尽きるんだけれど、歌いながらギターを弾く、というのがどちらも中途半端になることの典型のようなものだ。(笑) 歌もヘロヘロ、ギターもヨタヨタ、である...。大好きな曲なんだけれど、ヴォーカルに専念した方が良かったような...。(って、最初はギターを弾くつもりはなかったんだけど誰もエントリーしてくれなくて...。(ToT)(爆))
 で、どうでもいいことなんだけれど、この曲のエンディング、ギターがフェイドイン(?)する感じで入っているんだけれど、このフレーズ、かなりの高音が入っている。エレキギターで言うと1弦の25フレット(笑)のFの音だ。で、通常のギターでは21もしくは22フレットまでで、多くても24フレット、である。で、24フレットでチョーキングをすればいい訳だが、今回のギターは22フレット仕様のもの。1音半のチョーキングはちょいと難しい...。(弦を切る覚悟が必要だ、多分。) ってことで、裏技、つまり人工ハーモニックスにて対応した。>多分、誰も気づいていないと思うが。(笑)

「風のように」:上の曲で書いたことがほぼそっくり当てはまる感じ。(笑) セッション直前の一週間に賭けるはずの練習予定が1割も消化できないということが判明した時点でT氏にギターのサポートを泣きつく、という有り様...。3日前にいきなり「やって〜!!」と頼まれたT氏も本当に迷惑だったことと思う...。(ToT) ごめんなさい...。
 で、ちょっとこの曲についてはギター以外に懸念していたことがあったんだけれど、その不安が的中。(爆) ま、詳しくは書かないが...。

「秋の気配」:この曲も私の数少ない十八番の一つであるが、すでにセッションでやったんで、今回はパス。
 のはずだったが(笑)、ここまでの関係曲で失意のどん底に(笑)落ちていたため、開き直ってコーラスに参加。

「ロンド」:これも「秋の気配」とほぼ同じ心境で参加。ま、開催以前の打ち合わせの段階では演奏がギター1本しかいない、ってことで手伝うことになるだろうなぁとは思っていたが。(ただし、練習はしていない。(爆))

「忘れてた思い出のように」:実はこの曲が(演奏予定の曲からは外れていたけれども)今回の最難関であった...。>つまり、最も練習を要した曲ってこと。だけど、見事に玉砕。(爆) 詳しく書くと愚痴になるんで、書かない。(爆) 2月に入ってからの練習のほとんどをこの曲に費やしたにも関わらず、ま、リズム感に乏しい私には高すぎる目標だった、ということだ...。

「その時はじめて」:これも「ロンド」と同じ理由で参加。弾いたのは2年ぶりくらいか...?(爆)

 ってことで、毎回、「虻蜂取らず」を実践している愚かなHASENOBUである...。

 ただ(?)、今までは練習不足プラス本番で緊張、という要因があったけれども、今回は、特に「ひぇ〜!! 緊張する〜!」というような殊勝なプレッシャーはほとんどなく、単に練習不足と技量不足が敗因(笑)だと思う...。

 しかし、特にヴォーカル関係では悔いが残る曲が多く、そのため3次会の路上ライブでは「スパーク」(Mさんの表現(爆))してしまった...。

 ま、考えようによっては「あ、こういう人でも堂々とエントリーしているんだ...。だったら次は私ももっと...。」という安心感、やる気を他の参加者に与えたという気がしないでもない...。今度から「HASENOBU@セッション小間使い(笑)」の名前を改め「HASENOBU@人柱」、あるいは「HASENOBU@反面教師」と名乗ろうか...?

 いずれにしても、今回のセッションも楽しめた...。本番もそうだし、2次会もそうだし、最長の2時間強の3次会も。

 思えば(?)、参加者達は関西地区はもちろんのこと、関東、中部地方、四国そして広島からも(笑)、である...。何が彼らを動かすのか...?(って、他人事みたいに書いていますが。(笑)) やっぱり、オフコースの魅力なんだろうなぁ...。いや、別にオフコースに限定しなくてもいいんだけれど、音楽の魅力なんだろうなぁ...。まさしく「夢のような時間」なんだろうと思う...。
 会場や運営のことなど、全てににおいて全員の満足度が100%ではないだろうにしても、一参加者としてはもちろん、セッションの片棒を担いでいる(笑)身としても、これからも「関西セッション」が、みんなが楽しめる場であり続けること、そして永く続いていくことを願うばかりである...。
 これまでにも色々あったけれど(謎笑)、そして「オフコースが好きな人に悪い人はいない」などとは思わないけれども(爆)、せめてあの場では、あの時限りは、みんなが心を一つにしてゆければいいなぁ、と思う。
 
 きっと他の人もそうだと思うけれど、毎日、仕事で、なんだかんだと忙しい毎日を送らなければならない身である。半年に一度ではあるけれど、こういう、発散の場(爆)っていうのがあってもいいのではないか。(意味なく開き直り。(笑))
(2003年02月26日書き下ろし)

その114 こういう知らせを受けると私もうれしい
 うむ...、ちょっと「タイトル」とは呼べないようなタイトルであるが、ま、好きにさせて欲しい、これまで通り。

 で、早速だが、私の知人に大手音響関係総合メーカー(って言っていいのかな...?)のK社にお勤めのT.Yさんという方がいる。T.Y氏と知りあったのは、う〜ん、いつだったっけ...?(笑) 私信のやり取りを始めたのは3年ほど前だというのは間違いないが、それよりも1,2年前からの知り合いだと思う。>インターネット上で
 一度、じかにお会いしたこともあるが、ま、とにかく、オフコース関係の仲間、である。

 さて、そのT.Y氏から先日、喜びにあふれるメールが届いた。それは読んでいて私もとても嬉しくなってしまうような文面で、無理にお願いして私のホームページに転載する(爆)ことを特別に(笑)認めていただいた。

 ってなわけで、以下、(氏の個人情報を隠しつつ)転載:
====
2003年3月8日(土)、人生最良の日がやってきました。
長年あこがれ続けたYASSさんと直接お会いできる日が・・・。

それは楽器メーカーに勤める私に、とあるNGOのかたから電話を
いただいたことから始まりました。
「YASSさんこと鈴木康博氏が今度カンボジアの難民救済のため、
チャリティー・コンサートを開くのだが、場合によっては
現地に行くかも知れない、出来ればギターを貸してもらえない
だろうか。横浜で開かれるライブでの協賛という形で、貴社
(ウチの会社)の名前も出すので・・・。おそらく楽屋で
取材も出来るとおもいますが・・・。」
ちょうど新しいブランドのギターを取り扱いだした時期に重なって
いたので、プロモーションの一環もあったのですが、
「もちろんOKですよ。こちらこそお願いいたします。」
と二つ返事で早速ギターを送ることにしました。

この電話があったのが2月初旬で、あっという間に本番前日。
会社で翌日の準備に追われたので、帰宅が11時頃に。

食事も済み、風呂から上がってさて、寝ようかな、と思い
ましたが、なんだか寝付けず。おもむろに愛機ARを取り出し、
磨いていたのですが、どうにも弦の古さが目立ち、夜中の
1時過ぎに弦の交換をする有様。

#おいおい、寝ろよ。おまえは遠足の前日の幼稚園児か。(笑)

翌日、会社を午前11時に出発、現場の「かながわドームシアター」
には午後1時ごろ到着。
早速機材をおろしていましたが、ステージから音が聞こえて
来るのに気づきました。

「あれ? YASSさんの声だ! え! もうリハーサル始まってるの??」

スタッフの方に確認すると、この時点ですでにリハーサルが
1時間ほど押しているとのこと。(爆)
リハーサルと本番のあいだに取材させてもらうことになって
いたのですが、どうもあやしい雲行き・・・。

ロビーで自分とこの会社のブースを組み立て終えるのももどかしく、
早速ホールの中に。

「おー、YASSさんだ!! すっげー。」(笑)

せっかくなので前から10番目くらいの特等席へ行き、どきどき
しながら見学・・・。
今やっているYASSさんのツアーはアコースティックが中心らしいの
ですが、今回はホール規模だということなので、メンバー自体は
「インスタント」みたいです。そのせいかリハーサルも入念に行って
いました。間のとりかたとか、カウントを入れるタイミングだとか。

もともと押していたリハーサルですが、音響がに気に入らない
らしく、「もうちょっとなんとかならない? PAさん!」と
かなりピリピリした雰囲気・・・。舞台監督さんもイライラした
口調に。

うーん、こりゃ、取材は無理だな〜、と半ばあきらめの境地に。(笑)

そんなときに、ふと主催者の担当の方にお会いし、聞くところによると
なんと清水仁さんも来ている(!!)、とのこと。
良くみたら私の並びでリハーサル見てました。(笑)

「お引き合わせしますよ。行きましょう。」
と担当の方と一緒に挨拶に。
「やっべー、本物の仁さんだ・・・どうしよう・・・。
心の準備が・・・。(笑)」

「あの、はじめまして。私、K社のYです。(汗)」と名刺を差し出す。
「あ〜、どうも清水です〜。わたし名刺持ってないんですわ。」
と大阪弁まじりで受け取ってもらいました。
ぼそっと「82年の武道館、行ったんです。高校の頃でしたけど。」
と言ったら(言うなよ)、「えー、ほんま〜? それはそれは。」
と、にこっと笑ってもらいました。
「清水さん、先日お話したギター、持ってきて頂いているので、よかったら
見てみませんか?」と担当氏。「ん! ナイス!」とほくそ笑む私。(笑)
その後、ギターを弾きながら30分くらい談笑。
「うー、オレあの仁さんと話してる〜♪」と終始緊張気味。

ギターも気に入ってもらい、今度松尾さんにも紹介してもらうことに
なりました。
ご存じの通り、清水、松尾、ジローの3人で「ABC」というアコース
テッィクでビートルズのナンバーをやっているので、今度是非試した
い、とのことでした。
松尾さんが使っている12弦ギターの音が、それほど気に入っているワケでも
なく、なんか探しているんですよ、という話になり、そこへうちの会社が
扱っているギターの12弦モデルの話をしたところ、「あ、それええかも。
松尾に話しときますわ。」となったんです。

仁さん、頭にはかなり白いものが混じって来ましたが、人なつっこい
笑顔と語り口で、緊張していたのもすっかり忘れて談笑してしまいました。
「ああ、ほんまに仁さんだ〜。」と感激しまくりです。

余談ですが、このABCのマネージャーさんが小田さんと雰囲気がそっくりで、
ひとり「おいおい!」とツッコんでいました。

ひとしきり清水さんと盛り上がり、いよいよYASSさんのステージです。

#結局リハーサルが大幅に伸び、われわれの取材は延期になってしまいました。

約二時間のステージでしたが、MCの中でも、「オフコースで12年、ソロで
20年活動しているので、レパートリーは豊富なんですよね〜。」と言うとおり、
新曲中心に、古い曲を混ぜながらすごく聞きやすいステージでした。
ギターはマーチンのアコースティックと、ギブソンのセミアコで、アコー
スティックを中心に弾いていました。
個人的には「恋を抱きしめよう」がうれしかった♪

会場にはVTRカメラが何台かあったので、映像もシューティングしてるハズ。
うーん、その映像はどこで見れるの??(笑)

自社ブースの片づけなどもあり、全部見ることは出来ませんでしたが、
アンコールも3曲という大サービスで、すごく盛り上がりました。

さて、本番終了後、いよいよ楽屋へ。
私「失礼します。K社と申します・・・。」
YASSさん「あー、どうも、どうも〜。」
私「すみませんでした、ギターのコンディションが悪かったみたいで。」

***貸していたギターのコンディションが悪く、調整に時間がかかり、
***今回のステージには結局間に合わなかったんです。

YASSさん「しょうがないですよ。でも本当に使いたかったんですよ。(笑)
次に使う機会があれば絶対試してみますよ。」
私「是非お願いいたします〜〜。」

てな話(だったと思う)を15分くらいし、いよいよ本題(笑)へ。
私「あの、最後におねがいがありまして、私のギターにサイン入れて
もらえませんか。」
YASSさん「いいですよ。わざわざ持ってきたんですか。
(ケースを見て)おー、イバニーズ!」
私「YASSさんに昔からあこがれていて、買ったギターなんですよ〜。」
YASSさん「あれ? これなんていうモデル? めずらしいよね。」
私「ええ。AR305っていうリミテッド・エディションなんですよ。」
YASS「へー、そうなんだ。ギター本体に(サイン)入れちゃっていいの?」
私「いや、もう是非お願いします。ケースにもいいですか。」
YASSさん「日付いれとこうか。2003年3月8日、と。」
私「本当にありがとうございます。(握手)感激です。(涙)」

ステージが終わったばかりだというのに、真剣に話をしてくれたYASSさん
に感謝しまくりです。(もちろん清水さんにも感謝。感謝。)
ヒゲをたくわえ、貫禄が出たYASSさんでしたが、ほんとうにやさしく
接してもらいました。マジで泣きそうでした。(T_T)

かくして感動の対面も終了し、無事に帰路へ。帰りの車の中も終始
ハイテンションが継続し、会社に戻ってきたのが午後11時で、そこから
自宅へ戻ったのが日付の変わる頃でしたが、全く眠気などなく、
リビングでサインが入ったギターを眺めながら、最高にウマイ焼酎を
飲んだ私でした。

オフコースにあこがれ、鈴木康博というギタリストに魅せられギターを
弾きはじめ、それが高じて楽器メーカーに入社。いつかはYASSさんと一緒に
仕事ができるかな〜、と漠然と思っていた私ですが、入社以来1●年の
中で最高にハッピーな日でした。

#あ、いけね、仁さんのサインもらうの忘れてた。(爆)
====
ということで、T.Y氏の喜びをここで皆さん(?)と分かち合いたく、転載しました〜!! あ、それから、T.Yさん、サイン入りのポスター、ありがとぉ〜っ!!
(2003年03月12日「書き下ろし」と書いていいのかどうか...。(笑))

その115 そして僕は途方に暮れる
 って、別にオオサワトシユキ(変換が面倒でカタカナ書き)の曲のことを書きたいわけじゃないんだが。

 さて、私の持論として「歌手は歌がうまくなくてはならない。」というのがある。ま、これは「タクシー運転手は車の運転ができないといけない」というのと(程度の差はあるけれど)同じくらいに最低限の必要条件だと私は考える次第である。

 だが実際にはそうでないような歌手もたくさ〜んいるし、中には「アーティスト」という称号までも与えられているユーミンのような存在もある。(ま、彼女の場合は別格だろうが。)

 話は変わるようだが、先日、正確に言うと21日のお昼、私の携帯電話にメールが届いた。発信者は同僚のO教授だ。彼の名前は何度か出したことがあると思うが、職場の中で私が最も敬愛する人物である。彼は現在、学生部長兼国際交流室長兼学生自治会顧問という極めて多忙なポストにいて、そのメールには、翌日の、つまり22日の夕方に開催される学生自治会主催「卒業パーティー」において、私と一緒にカラオケを一曲歌ってくれないか、と書かれていた。

 う〜む...。私はカラオケは大嫌いなのだが...。しかも学生の前で歌うのも決して好むことではない。(ま、大学祭では歌ったけどさ。(笑)) 

 しかし、彼の頼みとあれば断れない...。一肌でも二肌でも脱ごうじゃないかぁ〜っ!!

 で、既に曲目も決まっていて、それはSMAPの「世界に一つだけのなんとやら」というタイトルの曲。う〜む、これは何だったか、テレビドラマの主題歌か何かになっていて、聴いたことはあるけれど、って感じ。で、メールには「今から私はレンタルCDを借りてきます。先生も練習しておいて下さい。」と...。

 仕方なく、子供たちと私も貸しCD屋さんに出かけてみたが、何と、20枚ほどケースはあるのに全て貸し出し中...。う〜む...。歌う以上はそれなり(?)に歌わないと私のプライドが許さない。(って、自分でもよく言うよ〜、って思うが。(爆) だが、私は「素人」であって、プロの歌手ではないのだから、内心、それでもいいや、って思っている。>自分の歌)

 ま、レンタルがないのなら仕方ない、新品のシングルCDを買いに行くか...。

 ところが、何と、CD屋さんでも「売り切れ!」との表示だ...。よく知らないのだが、とにかく大ヒットしているらしい...。

 ってことで、その日はあきらめ、翌日、出勤してからO教授にCDを貸してもらうことにして、部屋でリピートして聴いて覚えることにした。
 
 さぁて、ここで話は元に戻る。

 私は「歌手は歌がうまくなくてはならない。」と思い込んでいるのだけれど、SMAPの歌は、う〜ん、てんで話にならない...。何だ、これは...?、って感じ...。
 メロディーと歌詞は、うん、とってもいいと思う。だけど、いかんせん、この歌のひどさは一体...? 揃いも揃って...。わざと、なのか...? 歌詞の内容が「人、それぞれ違うんだから、それでいいじゃないか。優劣を決めたりするのはやめようよ。」というものだから、それを歌で表わしているのだろうか...?

 詳細は知らないがSMAPってのは10代半ばのアイドルグループではないはずだ...。それなりにいい歳をした男性グループだと思う。(って、似たようなのがいくつもあって、メンバーが総入れ換えしても私には多分分からないとは思うが。)
 う〜ん...。グループの人気が先行しているんだろうなぁ...。
 その一方で、本当の実力を持った(本物の)歌手たちが売れないままで、ってのが、悲しいけれど、そして腹立たしいけれども、現実なんだろうなぁ...。

 ってことで、「こんなの聴いていたら歌がさらに下手になる...。」と思って1、2回聴いただけで練習を止めた私であった...。

 そしてボクは途方に暮れた。
(2003年03月24日書き下ろし)

その116 クラフト
 1980年前後だと思うが、フォーク、あるいは「ニューミュージック」と呼ばれるジャンルには数多くの歌手、グループが存在した。(ま、他のジャンルもそうだったろうけれど。) もちろん、その前に吉田拓郎、井上陽水、小椋桂などのシンガーソングライターもたくさんいたし、ガロ、(南こうせつと)かぐや姫、アリス、ふきのとう、オフコース、チューリップなどのデュオ、トリオやその他のグループもたぁ〜くさんいた。
 クラフトはそういう時代の中にひっそりと(?)数えられる4人組のグループである。詳細は不明である...。(爆)

 だが、彼らの曲の中には「ヒット曲」と呼んでもよいようなものが、(私に言わせれば)3曲ほどある。それは「僕にまかせてください」、「言問橋」、そして「さよならコンサート」だ。(順不同)

 その頃の他のフォークグループ、デュオたちは自らの曲、いわゆるオリジナル曲で、スターとなることを夢見て、あるいは生き残りをかけて勝負していたという印象が強いのだが、このクラフトの場合、少々、事情が異なっていた。
 先ほど挙げた3曲のうち、2曲は「さだまさし」氏の提供なのである...。(もっと言うと、(当時、さだ氏が結成していた「グレープ」の「三年坂」というラストアルバムにはどちらも収録されているかと思う。)

 クラフトの音楽については、今、私の手元には僅か1枚のCDしかない。10年ほど前に「音泉1500シリーズ」の一環として発売された「クラフト/僕にまかせてください 〜The Best Of Craft〜」(WEA Japan発売 WPC6 8020 税込み\1,500)だけである。
 で、そのCDの「帯」には次のような一文が:

さだまさしとの友情から生まれた不朽の名作「僕にまかせてください」を含むクラフト7年間の集大成。

 う〜む...。

 「さだまさしとの友情から生まれた」というのはどういうことだろう...? 共作ならともかく、作詞・作曲は完全にさだ氏となっているし...。いったいどういういきさつがあったというのか...? どういう真相なのか...?
 ま、今となってはクラフト側からの(?)情報は得られそうにない。さだ氏は(コンサートでのトークを掲載している)数多くの本も出しているから、それらを丁寧に読めば何か情報が得られるかもしれないけれど...。

 クラフトについてはほとんど何も知らないに等しいのだけれど、実は、メンバーのうちの一人(三井誠氏、あるいは松藤一美氏のどちらか、多分、後者)が高校の先輩であるのだ...。って、直接の知り合いとかいうんじゃなくって。(笑) 他のメンバーの出身地などについても覚えていないけれど、恐らく福岡あたりの大学で知りあった同級生達、って感じなのかなぁ...。さだ氏が長崎出身ということで、唯一(?)、思い当たる共通点はこれだけ、である。(あ、グレープも同じ「ワーナーパイオニア」レーベル所属(?)だが...。)

 いやぁ、でも、クラフトが7年間も活動していたとは...。私のおぼろげな印象では彼らの代表曲は、う〜ん、2年というスパンの中で発売されたような気がする...。となると、(恐らく)それ以降、5年もの「鳴かず飛ばず」の不遇の時代を経て、そしてとうとう活動停止、あるいは解散に追い込まれたのか...。<勝手に想像してますが。

 ってことで、今回、訳あって(?)「僕にまかせてください」をMIDI化したんで、じっくりとクラフトの曲を改めて聴いたということで、ちょいと話題にしてみました〜。

 あ、そうそう。全然関係ない話だけれど、もう一つ。

 同じ時代(?)の歌手に「永井龍雲」という人がいて、(ま、彼はまだ活動しているのだけれど)その人の「ギター弾き語り楽譜集」ってのを私は持っている。で、このことはホームページのどこかに(どういう理由からか)書いたような気もするんだけれど、先日、いきなり見知らぬ人からメールをもらった。

 メールの件名は「永井龍雲のギター弾き語り全集」、そして本文にはただ1行、「是非売って下さい。」と...。(爆)

 非常識、ここに極まれり、って感じである...。永井龍雲の楽譜を、っていうんだから、そのメールの送信者はそれなりの年齢になっているであろう人だろうが、それにしても失礼甚だしい...。丁寧に頼まれれば、私だって「じゃあ、コピーでもしてあげよかな?」なんて思うかもしれないけれど、てんで話にならない。

 で、「私は ********(送信者)さんについて何も存じませんし、いきなり見ず知らずの方からこういうメールをいただいて譲ろうと思うほどのお人よしではありません。」とすげない返事を出したのだが、う〜ん、今思うと「この楽譜集は現在、極めてレアなものになっています。少なく見積もっても10万円以上の価値があると思っています。それでもよろしければお譲りしますが。」というような強欲な内容の返事をすれば良かったかな...?(爆)<って、私は古本屋さんで見つけて400円くらいで買ったように思うが。(爆)

 ってことで、話がずれたところで、おしまいっ!
(2003年04月09日書き下ろし)

その117 タレント
 女性歌手に「EPO」という人物がいる。

 彼女はタレントだ...。ま、このように書くとEPOのファンからかみそり、弓矢、サリンその他が送られてきそうだが、ちょっと待って欲しい。

 私の言う「タレント」は、真の意味での「才能」ということである。「天賦の才」と呼び変えてもいいかもしれない。とにかく、通常の、テレビに出て来る「見栄えがちょっといいだけの能無し芸人」というのではない。

 前にもどこかに書いたと思うけれども、実は私は「女性ヴォーカル」があんまり好きではない。「好きではない」というと語弊があるけれど、自分が男だから、やっぱり自分が歌える、馴染みやすい、という意味で男性ヴォーカルの方が好き、って訳だ。決して男尊女卑を信奉しているから、などではないんで、その点、お間違えのないように。

 とはいえ、女性でも好きな歌手、ヴォーカリストはいる。筆頭に来るのは水越恵子(のちに「けいこ」)であるけれど、山本潤子、(元、トワエモアの)白鳥英美子、大貫妙子、それから新しいところでは(笑)Dreams Come True の吉田美和など、うん、大好きである。この人達の歌は、もう、理屈抜きに、うまい。聴いていて、とにかく「あぁ〜...、いいなぁ〜...。」と惚れ惚れしてしまう。(ま、これら以外にも「ザ・リリーズ」も好きだし、歌声は大嫌いだけど楽曲のセンスは抜群のユーミンなども好きなんだけれど。)

 で、実はEPOについてはCDを2枚しか持っていなくって、「実力派シンガー」というイメージしかなかったが、昨日(2003年4月20日)、彼女の「プライベートコンサート」というのに出かけ、実に感動した...。

 ステージの、のっけから(笑)、アカペラである...。しかも、有無を言わせぬ素晴らしい音程感と絶妙な歌の表情。もう、とにかく最初っから最後まで圧倒的な歌のうまさを堪能させてくれた2時間のライブだった...。

 こういう時、自分の語彙の貧弱さが情けなくなるのだけれど、う〜ん、何と言えばいいのだろうか...。(ちょっと意味不明か...。)

 たとえば(?)「音楽は人を優しくしてくれる」なんて良く言われるけれども、彼女が曲の合間に語る言葉の中にそのフレーズが出て来ると、う〜ん、琴線に触れるというか、とにかく、すぅ〜っと心の中に沁みわたっていくような、そんな感じである。

 昨夜のステージは、いわゆる「アンプラグド」という感じで、ギター2台と彼女の歌、あるいはピアノの弾き語り、というパターンであったけれど、演奏がシンプルであるだけに、「歌」の力量というのが問われることになる。本当の歌手、アーティストでなければ大失敗に終わるような、いわば諸刃の剣である。

 だが、EPOの歌唱力、才能は、うん、とにかく私の予想・予感・期待(?)を大きく裏切ってくれた。>もちろんいい意味で、だ。これぞ本物のヴォーカリスト、アーティスト、って感じである...。
 私はあんまり「ライブ」やら「コンサート」を好む方ではないけれども、今回のライブは、うん、その認識を改めてくれるほどの実に素晴らしいものだったと思う。

 最近の「タレント」やらが、一体、このようなスタイル(ギターとピアノだけというバックで)どれだけのことができるのだろう、とも思った。ま、1、2曲程度ならばそういうスタイルでやり過ごすこともできるだろう。だけど、2時間近くをそれだけの構成で観衆を感動させ続けるなんてこと、どれくらいの「タレント」さんができるのだろうか...?

 で、これを書くと、またまたユーミンのファンから小型爆弾が郵送されそうだけれど、サーカスなんかの「ショー」の力を借りなければならないステージってのはいかがなものか...? 彼女の(「荒井由実」クレジットの)ライブアルバムなど、数年前、私は期待しながら新品CDを買ったというのに、聴いたのは1回だけである...。(というか、これから先、そのアルバムは二度と聴かない。)

 だが(?)、現在、ユーミンと言えば泣く子も黙る「大御所」みたいになっていて、片や、EPOは、知る人ぞ知る実力派だけれども、ユーミンほどの集客力もない...。ま、これが日本の音楽事情なんだと言ってしまえばそれまでなんだけれども、そういうことを、雨上がりの原爆ドームを横目にしながら思った私だった...。
(2003年04月21日書き下ろし)

その118 Where will it go?
 久しぶりに駄文を、しかも職場の自室で(爆)駄文を、というのは私としてはかなり珍しい行動である...。

 昨日の昼下がり(笑)、クラスの学生2名がやって来てしばらく和んで行ったのだが、その時、SUZANNE VEGA という女性シンガーのベストアルバムのCDをBGMとして流していたところ、「先生、ビートルズを聴かせて下さ〜い!」というリクエストがあった。
 「いいですよ。では、彼らのアルバムの中でも傑作の誉れが高い『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハート・クラブ・バンド』にしましょう。」と私は言って、CDを交換した。
 学生達はしばらく聴いた後、「う〜ん、知らない曲ばっかりぃ〜。もっと有名なのはないんですかぁ?」とやや不満げな顔。(爆) おいおい...。(もちろんそんなたわけた苦情は無視した。(笑))

 ってことで、CDを入れっぱなしにしていたんで、さっきまたまたCDチェンジャーがビートルズの番となった。

 午後からの出張、それからとんぼ返りして会議があったりして気力的に疲れているなぁ...、と思いつつ、私は長机に腕を乗せ、うつ伏せになってぼぉ〜っとしながら聴いていた。

 と...。

 曲が「Fixing A Hole」に変わった。うむ...。このアルバムは大好きなアルバムだし、久しぶりではあるけれども、何度も何度も聴いたにも関わらず、唐突にこの曲の歌詞が気になり始めた...。

 いや、歌詞が聴き取れないとかそういうことじゃなくって。(笑) 今までは漫然と(?)聞き流していたのだろうか、「漏れてくる雨を止めるために穴を修理する」という、これだけ考えると実に間抜けな歌詞なんだけれど、よく考えると、これは大変、意味深だ...。<気づくのが遅すぎるぞ、オレ!(爆)

 う〜む...。And stops my mind from wondering where it will go かぁ...。

 この「where it will go」が妙に心に響く...。

 ってことで、以上、意味不明のままおしまい。 
(2003年07月04日書き下ろし)

その119 ギター、好きですか?
 ということで、このタイトルは自分に向けての問い掛けだ。(爆)

 で、この問い掛けに対しての返事は、たとえば10日ほど前だったら、それこそ自信を持って、胸を張り「はいっ! もちろん!!」と答えていたかと思うが、今は、う〜ん、実を言うとそうではない...。

 このように書くと「はぁ? ギターを30本くらい集めてるくせに、何を白々しい...。」と呆れられるかもしれないが、「ギターが嫌い」ということじゃなくって、「自信を持って、胸を張り」というところが問題なのだ...。

 私とギターとの関わりについては、その最初の頃のことを含めて以前記したはずだから省略。(多分、いないと思うけれど気になる人は「駄文の樹海」の中の「音楽の話」のコーナーの初期の文面を見てね。(笑)) 学生時代にはバンドをやったりしていたけれど、その後、就職してからは滅多にギターを触ることもなくなり、そういう状態が十数年続いた。だが、5年ほど前に昔のバンドで集まってみよう〜、という企画があり(笑)、それからは以前ほどではないにしてもちょこちょこと弾き始めている訳だ。
 そして(?)、ギターを再開してからの私は、かねてから欲しかったイバニーズのARシリーズを発端として(笑)どんどんと買い漁り始めた...。(ま、このあたりのことも別途書いているんで...。)

 千手観音のように腕が何本もあれば(爆)話は別だが、私とて普通の人間だ。腕は左右1本ずつだから、一度に何本も持てる訳じゃないんだから、冷静になって考えれば、ギターの種類、つまり、純クラシック、純アコースティック、エレガット、エレアコ、そしてエレキという5本ほどあれば十分に贅沢であるはず。
 だが、自分でも正確にそれぞれ何本あるのか分からないほど(爆)集めてしまっている...。

 そして、以前は「これは、かなり酔狂だろう〜...。」と思っていたダブルネックのエレキギターまで買ってしまったりもした。(笑)

 さて、ここからが本題。(笑)

 このダブルネックのエレキギターというのは(コレクションのページでも紹介しているんだけれど)、アンプを通さずに、椅子に座って弾く分には問題ない。12弦の方などなかなか心地よい。
 だが実際にアンプに繋いで鳴らしてみると、これが何ともチープな音しか出ない...。サスティーンもほとんどないし、ピックアップも、う〜ん、正直言って「質の悪いおもちゃのギターを弾いているような音」という印象を持った。
 また、ストラップを使って立って弾こうとすると、これまたものすごくバランスが悪い。ずるずるとネックが下がっていこうとするのだ...。そこでストラップピンの位置を変えてみたけれど、それでもダメ、である...。

 「う〜ん、何だぁ、このギターは...? もう処分しちゃおうか...?」

 と、そういうことを考えて、同じモデルの色違いを持っているG氏の掲示板などで書いたりもしていたところ、氏から次のような反応(?)があった:(以下、勝手に引用(爆))

>さてさて例のダブルネックですが「ホンマに出来の悪いやっちゃ」って感じやねんけれど、
>これはこれでええんじゃないっすかね。今月のギタマガみたら本家のWネックも「無用の
>長物」とか書かれとったし(笑)
>HASENOBUさんよりも当時そのギターを新品で購入した人はずっと不幸やし(笑)それ
>以上に本家を購入した人はもっと不幸なんやから、逆算して考えるとHASENOBUさんは
>めちゃラッキーな人やないですかあ(ってどんな理由や?)
>Gは次回の関西セッションはコイツを持ち込んでみんながビビルようなトーンで鳴らし
>てみたいと思てるんやけど、ヘタレなギターを弾きこなすってのもひとつの楽しみやと
>思いませんか〜?

...。まさに「ガーン」である...。G氏の懐の深さに完全に脱帽である...。

 そうかぁ...。

 で、胸に手を置いて考えてみると、このところ私はギターに対してなんだかんだと文句ばっかり言っていたような気がする...。材質のことはあんまり分からないんでさして不満に思ったりもしないけれど、コントロールが良くない、響きが悪い、フレットが浮き気味だ、ハイポジションが弾きにくい、バランスが悪い、ネックが丸太のようだ(笑)、ブリッジの角が手に当たって痛い、ペグの形状が変だなどなど、とにかくギターの悪いところばかりをあげつらっていたような気がする...。

 「ヘタレなギターを弾きこなすってのもひとつの楽しみ」という、まるで大海原のような包容力のある発想(というか、「視点」というか...。)が今の私には欠如していたのだ...。

 ということで、これ以上書くと自己糾弾みたいになって悲しいんで...。

 とにかく、今後は、昔の、「ギターを抱えているだけで心がときめいていた純粋さ」を忘れずにいたいと思う...。それに、ギターの仕上がりやピックアップの善し悪しを気にする前に、もっともっと腕を磨かなきゃいけない...。
(2003年07月06日書き下ろし)

その120 こういう知らせを受けると私もうれしい (2)
 ってことで、前に(今年の7月)、私のオフコース関係の仲間に大手音響関係総合メーカーのK社にお勤めのT.Yさんという方がいて、そのT.Y氏がお仕事の関係で、あの鈴木康博氏と接触(笑)するという貴重な体験をされたというメールが届き、それをここに掲載させてもらったのは皆さんも御存じだろう。(「皆さん」って誰だ?(笑))。
 で、今回、さらに、またまた同種の僥倖に関してのメールが届けられ、お願いして私のホームページの読者のためにそれを転載してもいいよ、というお返事をもらったんで、以下、(氏の個人情報を隠しつつ)転載させて頂く:
====
12/22(月)渋谷のライブハウスBOXXで行われたABCのライブに行ってきました。

個人的には「生ABC」は初体験でしたので、非常に新鮮な気持ちでリハの時間帯にお邪魔しました。

今回、マネージャーの方を通して、Pギターを購入していただいたので、そのギターを抱え、楽屋口へ。

「おはようございます〜K社のYと申しますが〜。」と声をかけた人がなんと松尾さんでした(!)
「あ、どうもどうも〜。」と松尾さん。

#実は松尾さん、長期に渡るリハで歌いすぎ、声が出づらいようで、口にはマスクが・・・。非常にツラそうでした。

そんなこともあってか、松尾さんはピリピリモードでした。

会場に入るとジローさんと仁さんのサウンドチェックの真っ最中。
「お、ちゃんとGのギター置いてあるじゃーん!(喜)」
今回の進行では多くの曲でGの12弦ギターをフィーチャーしてもらっているようで、本番も楽しみです。

サウンドチェック後、仁さんと挨拶。
「あー、どうもYさん、おはようございます〜。」

#仁さんから自分の名前を呼んでもらえるなんて、スッゴイ違和感があるっていうか、うれしいやらはずかしいやら・・・。

「今回の進行では6弦よりも12弦ギターを多く使っているんですよ〜。」
「ええよね〜、Gギター。コストパフォーマンスが高いよね〜。」
などひとしきりギター談義。

マネージャーの方とも挨拶をすませ、しばし手持ちぶさたに。

(うーん、こりゃ一回(会社に)帰ろうかな〜。)と思っていたら、仁さんが、
「おい、ジロー、ちょっと!(と言って手招きしてジローさんを呼ぶ)こちらK社のYさんね〜。」
「どうもどうも大間です〜。仁さんと松尾がすっかりお世話になったようですね。」
と握手。暖かい手でした。

#この時点で相当自分のテンションが高くなっていることに気付き、ナミダ出そうになっていました。(笑)

うーん、自分が信じられん。これで今年はオフコース5人のうち、4人と直接会ってしまった・・・残るは・・・ムリだろ。(爆)

てなわけで、会社に帰り、ばたばたと仕事をこなし、定時になったのでダッシュしてまた会場へ。

すでにライブ始まってましたが、楽屋には園山さん(sax)が・・・。「おお!園山さん! オフコースの as close as 〜 のツアー以来だ〜」とニヤニヤしながらホールの中へ。

ちょうどビートルズの「While my guitar〜」の最中。3人でアコースティックな演奏でした。その後はサポートの小沢さん(Gt)と竹田さん(Key)も加わり、バンド演奏へ。

メンバーはすごく緊張していたようで、仁さんも「今日はえらい緊張してるな〜」と何回もMCで言ってましたし、松尾さんもハーモニカを吹く前に、何回もステージドリンク飲んでたし。

でもすごいいい雰囲気でしたよ。ほんとに。私にとっては初体験でしたけど、何回も見慣れたステージに思えてなりませんでした。特別ゲストとして参加された園山さんのプレイもすばらしく、バンドとしてすごいまとまった感じを受けました。

ステージ終了後も後かたづけを手伝いながら、心地よい疲労感を味わい、一通り挨拶し終わったので、(さぁて、帰ろうかな・・・)と思ったときにマネージャーの方から「Yさん、打ち上げ行きません?」とのお誘いが。「行くに決まってるじゃないですか!」と二つ返事。(笑)

打ち上げの会場となったお店に着くとすでにメンバーの方は到着済み。
「Yさん、奥へ詰めて、はいはい〜。」と促され、気が付くと
 ○  ●  ○   ○
 仁  私  ジロー 松尾
の席順に。(爆)

スッゴイ席にきちゃったな。(汗) 隣に座るジローさんから改めて名刺をもらいました。
「Drums & Percussion 大間ジロー」
おお! ファンにはたまらないレア・アイテムだ!(笑)

仁さんは車で来ているのでノンアルコールでしたが、ジローさんは結構飲んでましたね。(松尾さんも喉の調子が悪いせいか、ノンアルコールでした。)

飲むにしたがい、ジローさんも饒舌に。「いや〜Yさん、これからもよろしくお願いします〜。」などといわれれば、「あったりまえじゃないっすか! こちらこそよろしくお願いします。」と力強く返事。(ホンマにだいじょぶかいな。オレよ。)

仁さんも「ええバンドになるよ、これは! ホンマにそう思うわ。」と言っていたとおり、人間関係もメンバー同士すごく通じているんだなーと実感しました。

キーボードの竹田さんとも熱いシンセ談義を交わし、気が付けばもう日付が変わろうとしてる時間。
「やばい! 終電間に合わない!!」と急に現実に引き戻され、メンバーと堅い握手を交わし、写真も撮り、打ち上げ会場を後に。

タクシーの車内で一人になると、あらためてすごい一日だったな〜、と実感が沸いてきました。あー、ホントによかったな〜、と。

結局地元へ帰ったあと友人と朝まで飲んでしまい、昨日は大変な二日酔いでした。(笑)
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ということで、いやぁ、T.Y氏の喜びがひしひしと(?)伝わってきますよね〜!!  T.Yさん、今度ABCの人達に会うことがあったら「HASENOBUがよろしく、と言ってました。」とお伝え下さい。(爆)
(2003年12月26日「書き下ろし」と書いていいのかどうか...。(笑))
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