雑文Part 3


目次
   No.21---誕生日
   No.22---誕生日(続編)
   No.23---記念日
   No.24---私の先生(その1)
   No.25---私の先生(その2)---ま、いいでしょう---
   No.26---棚からぼたもち
   No.27---冴えない話(1)
   No.28---冴えない話(2)
   No.29---先生あれこれ(1)
   No.30---変な話

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No.21---誕生日

 私の誕生日は1月だ。そして例に洩れず今年も誕生日を迎えた。(当たり前だが。)
 だが、今年は落ち込んだ。昨年の誕生日も落ち込んだが、それ以上に、だった。
 「歳を取ってゆく、一歩一歩おじいさんに近づいてゆく」のが恐いのかもしれない。頭では「そんなの当たり前じゃん。そしていつかは死ぬんだから。」とわかっているものの、何かすっきりしない。(笑)
 かといって、若返りしたいだとか、若く見られたい、などとは思わない。年相応に見られれば充分だし、5歳くらいの過大推定(?)は我慢しよう。髪の毛(の薄さ)のせいか、落ち着きのせいか、大体、実際よりも年上に見られることが多いのだ、私の場合は。(ちなみに25歳頃、初めて入った散髪屋さんで店員さんに何の躊躇もない調子で「オールバックにしますかぁ?」と言われて焦ったことがある...。)

 話がずれそうなので、元へ...。(笑)
 で、誕生日というと決まって「誕生日、おめでとう!」というセリフが付き物だ。
 しかし、誕生日を迎えたことで落ち込んでいる人間にとってはそのセリフは必要のないものだ。もちろん、その言葉が(ま、大体の場合は)邪気のないもので、その言葉を口にする人達は善意でそう言っているのであり、「誕生日はめでたいものだ、祝うべき日なのだ」ということを(恐らく)無条件に受け容れているのだろう、とは思うが。

 話をちょっとずらす。(爆)
 他のところで言霊思想について書いたが、この「おめでとう!」のような文は、そのセリフを口にすること自体でその行為を成し遂げる、という性質を持った「遂行文」と呼ばれるものの類に属す(ような気がする...)。例えば「〜すると約束するよ。」などの文は典型的な遂行文である。それを口にした時点で、その行為(この場合は「約束」)が成立するのだ。
 だから、というわけじゃないが(笑)、「お誕生日、おめでとう!」と言う場合は、意識して何らかの行為を行ったというのではないかもしれないが、人に会ったときに「おはよう。」や「こんにちは。」と言うことが「挨拶」という行為を意味するのと同じ理由で「慶賀行為」(ごめん、適当な言葉が思いつかなかったので、今、造りました)を行うことになる(ような気がする。)

 誕生日は本当におめでたいのか? どうしておめでたいのか? 誰にとっておめでたいことなんだ?

 考えてみると、誕生日は、生まれた本人よりも周りの人間、特に親にとってはおめでたいことだと思う。待ち望んでいた子供がこの世の中に出てきたのだから。私も2人の子供の親だから、それはわかる(ような気がする)。
 あ、何か見えてきた....。(ような気がする。)(爆)
 (謎を残しつつ、続く。)
(1998年10月書き下ろし)
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No.22---誕生日(続編)

 見えてきたような気がした何かは多忙に紛れて見えなくなった。(爆)
 というのは冗談で(なら、言うなよ...)、一つ思いだしたことがあったのだ。Dreams Come True 風に言えば(?)それは「そうか 私 記念日が嫌いだったんだ」である。
 ここで言う「記念日」というのはかなり幅広い意味を持つ。「元旦」だって「クリスマス」だって「海の日」だって「税関の日」だって、そして「誕生日」も、だ。
 「ほぉ...。では祝日が嫌いというのなら休まないんだな?」と言われそうだが、そうではない。
 私が言いたいのは「日」という毎日(!)繰り返し出てくる時間の単位を人間が勝手に「〜の日」と決めて、本来同質であるはずの「日」に必要以上の区分、もっと言えば「優劣」(?)をつけてよいのか、ということで、その「日」が「休みの日」となるかどうか、ということとは無関係だ。
 クリスマスイブやクリスマスは楽しみにされる。宗教とは関係なく。さらに便乗してデパートも小さな店もこぞって大セールを実施する。じゃあ、12月26日の立場はどうなんだ?(「日」に立場があるかどうか知らないが。)

 実は、私のこの「記念日嫌い」はかつての「天皇誕生日」と大きく関わっている。と言えば、それで充分だろう。(おいおい...。)

 と言いつつも8月の3つの記念日には必ず合掌し黙祷するのだが...。

 自分の身近な人の誕生日に、その人が生まれたことを祝うことをとやかく言うつもりはない。(そう言っているように思われたかもしれませんが...。)でも、ある出来事と、その「日」との必然的な結びつきが見えない以上、その「日」だけを特別視する必要はないのではないか、と思う次第である。
 もう少し言うと、誕生日はいつ祝ってもいいものではないか、その日に限らず。(笑) 「その人が、この世に生まれたこと、そして自分と同じ時を共有していること」に常に感謝していればよいのではないか?
 強引に正論めいた結論へ持ってゆきました...。(笑)

 でも、その「常に感謝」というのは「感謝の気持ちが365分の1になってしまって希薄になる」ことが多そうだから、やっぱり現実的じゃないのかなぁ...? じゃあ、特定の日を定めて、その日に思いを集中させたほうがいいのかなぁ...?(爆)
 (と、謎に戻っておしまい...。)
(1998年10月書き下ろし)
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No.23---記念日

 ということで、「誕生日」シリーズでは最後には謎に戻って論旨が行方不明になってしまいました(爆)が、自分でもすっきりしなかったので、もう少しぐだぐだと書き連ねます。

 確かに私は「記念日」ってものが好きではありません。でも「誕生日」までをそれに含めるのは少し無茶があるように思えてきました。(笑) また「結婚記念日」だとかの極めてプライベートなものも除外しておくべきだと補足しておきましょう。(あはは...。自分で言っておいて、なんて恥知らずな HASENOBU...。(笑))

 そういう意味で(どういう意味で?)、私の嫌いな「記念日」というのは「押し付けがましい記念日」ということで御理解下さい。つまり、「今日は〜記念日だから〜に対して深い感謝(あるいはその他、懺悔とか)の気持ちを全国民、持ちましょう」というようなものだということです。もちろんクリスマスなどの、本来の意義が希薄になってしまっていて、ただ「あ〜、めでたい」と人々を浮かれ気分にさせるものも含めて、です。
 それに対して、結婚記念日や「〜と初めて出会った日」だとかの個人的な、そしてささやかに祝われるべきものについては私がとやかく言う筋合いではありません。(って、言ったような気がしないでもないけど。(爆))

 私が「誕生日」シリーズを書くきっかけとなったのは、ある人の誕生日に「お誕生日、おめでとう!」を無邪気に口にすることに、ふと疑問を持ってしまったからなのです。(笑) かくいう私も知った人の誕生日にその言葉を口にしてきましたが。

 うちの娘はちょくちょく友達の「誕生日パーティー」にお呼ばれします。(笑) そして娘の誕生日にも多くの友達が集まってくれました。今年も集まってくれた友人達が娘を囲んで「はっぴばぁすで〜、とぅ、ゆ〜」といった感じでたどたどしく歌を唱和するのを傍らで聞きながら「あぁ、誕生日っていいもんだなぁ...。」としみじみと思ったことを思い出しました...。
 そのお嬢さんたちは歌い終えた後「おめでとう、いずみちゃん!」と口々に言っていましたが、果してどれだけ心の底からそう思っていたのかは定かではありません。(変な意味に取らないで欲しいのですが。)
 でも「おめでとう!」という言葉を出すだけで祝ったことになるのだから、それはそれでいいのかもしれません。特別な理由付けなどしなくても、大事な日を、思い出の日を、ただただ素直に受け止めて祝うのが...。

 以上、「誕生日」シリーズを含めて、天の邪鬼な HASENOBU の戯れ言だと聞き流して下さい...。
(1998年11月書き下ろし)
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No.24---私の先生(その1)

 って、こういう書き出しの手紙を HASENOBU が教え子からもらったとかいうのではない。(笑) 本当の、私の先生に関する本当の話である。

 まず、一人目、F先生。彼は大学の一般教養科目の英語の先生だった。確か私が大学1年生の時だったと思う。F先生は、多分、その頃は30代半ばくらいであった。彼は新言語学(正確には英語学)の分野では日本の最先端を行く筑波大の大学院を出た新鋭の学者、という感じの人であった。授業も明快で私にはとても楽しく有益なものだった。
 そのF先生、ある日、授業の時に珍しく脱線し「そう言えば、皆さん、銀行はたいてい3時に終わるのは知ってますよね?」と言い出した。「は? 一体、何を...?」と私たち学生はたじろいだ。が、F先生は私たちの反応を意に介さず、感慨深げに、「いや、この前、初めて知ったんだけど」と前置きしながら言葉を続けた。
 「あのね、皆さん、銀行員は3時で仕事が終わるんじゃないんですよ。 私は、昔から、『いいなぁ、銀行員は。3時には帰れて。』と思ってたんですが、閉まった後も夕方まで仕事をやっているんですよ。」

 ...。

 言葉を失った、というのはこういうことなのかもしれない。(笑) もちろん私たちはまだ学生だったから銀行員の友人や知り合いがいたわけではないが、それでも、そんなことは「常識」として知っていたのだが...。それを、ことさら「知られざる世界の意外な側面」という口調で語られても困るだけなのだが...。(笑)

 もう一人の先生。この人は、名目上、私の大学院生時代の指導教官であるI教授である。この教授は、非常に真面目な先生で「テキストを丹念に読むこと、予習では英文科の学生用控室にも置かれている OED を引いておくこと」を求められる、古風な、そして学究的な雰囲気の漂う先生だった。
 ある日曜日、どういういきさつからかは忘れたが、彼の指導を受けているゼミの学生や院生が先生の御自宅に「お呼ばれ」されることとなった。そしてI教授の書斎や蔵書を見せていただいたり、先生の奥様の手料理のおもてなしを受けたりした。飲み物も用意されたが、だからといってどんちゃん騒ぎをするような雰囲気にはならなかったのは、やはりI教授が醸し出す独特の威厳のせいだったかもしれない。
 が、だんだんと時は過ぎ、もう夕刻となった。その時だった、先生が突拍子もないことを言い出したのは...。

 「あ、いけない。もう6時半になりますね。『サザエさん』の始まる時間です。皆さんもどうですか? 一緒に観ましょう!」

 ...。

 言葉を失った、というのはこういうことなのかもしれない。(爆) が、I教授は私たちの当惑をよそに「余程のことがないかぎり毎週必ず観ることにしているんですよ。」と言いながら喜々として番組に見入っている...。時には爆笑しながら...。
 ま、確かに「サザエさん」が、明るい話題しか扱わない健全な番組だということは認めよう。そして長谷川町子氏のオリジナルの4コマ漫画が秀逸した作品であることも、百歩ほど譲って、ま、認めましょう。(とは言え、「のらくろ」の延長の毒のないものではあるが。) しかし、アニメの「サザエさん」って「毎週欠かさず」観なければならないほどの面白さを持ったものなのか?
 はっきり言おう。趣味の問題かもしれないが、あのアニメの笑いの程度は低レベルである。(笑) あんなもの、私にはちっとも面白くない、その時も、そして今でも。というか、小学生時代に見切りをつけました、私は。「バナナの皮を踏んで滑って転ぶ人」が現実にいたとして、そちらの方が遥かに面白い、私には。
 シュールな笑い、というのでもないし...。

 と、まあ、私の先生を二人、描いてみましたが、私自身、自分では気づかないだけで、彼らと同じなのかもしれないのだけれども。
 あぁ、やらなければならない仕事があるのに、どうでもいいようなことをまた書いてしまった...。
(1998年11月書き下ろし)
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No.25---私の先生(その2)
---ま、いいでしょう---


 これも私の先生の話だ。
 この「ま、いいでしょう。」は、私の口癖の一つであり、それは「ま、いいけど。」となることも多い。ここまで「くまきの部屋」の文面を読んできた人ならば何度も目にしたはずのフレーズである。

 で、これは元々、HASENOBU が大学生だったころのとある先生の口癖だったのである。その人はF先生。でも、前に書いた新鋭の学者F先生とは別人である。う〜ん、紛らわしいので「しょうはち先生」と呼ぶことにしよう。(爆) で、このしょうはち先生は私の通っていた教育学部の英語科の主任教授であった。
 人吉市の球磨焼酎の蔵元のボンボンで、二浪して東大に入ったという噂の真偽は定かではないが、東大の文学部出身ということで、東大を非常に身近に感じさせてくれた人であった。「あ、昔の東大ってその程度なのか...。」と私達学生は妙に納得していたものであったのだ、色んな意味で。(笑)

 しょうはち先生は、学者というより政治家に近い雰囲気を持った人だった。(爆) 御専門は英文学だったが、中学や高校の現場の英語教師の再教育(?)にも力を入れていて、県下の英語教育界でも名が売れているようだった。

 しょうはち先生について語るべきことは数多くある。(笑)

 あるとき、確か英文学概論か何かの授業中だったが、「あ、そう言えば、今話していることと関連する資料があったはずだからコピーして持ってきましょう。少し待ってて下さいね。」と言い残して彼は突然、教室を出ていった。「おいおい、そんないきあたりばったりな...。」と勉学に真面目な私達は少し呆れながら彼の帰りを待った。
 しばらくしてしょうはち先生は戻って来て、コピーを配ってくれた。
 が、異様に文字が小さい。所々読めないほどである...。少し困惑気な私達を前にしょうはち先生は軽々と言ってのけた。
 「あ、やっぱり小さい? 実はね、もとの資料の文字が小さかったんで、拡大コピーをしようと思ったんだけど、間違えて縮小しちゃったんですよ。でもそれに気づいたのは人数分コピーし終わった後だったんでね〜。ま、いいでしょう。」

 おいおい...。(笑) そんなの、あり...?

 彼は何冊か著書を出している。丁度、私達が2年生だったころにも一冊出版された。そのタイトルは『話せない英語教師』...。これは、前述の現場の英語教師対象の英会話再訓練プログラムについての本だったのだが、私達学生は「ふ〜ん...。しょうはち先生、自叙伝を出したのか...。」と信じて疑わなかった...。

 他にも彼は本を出版している。英語教育界では大手のT館という出版社からは『ロックの心』というのを出している。それは現代の英語のポップスを題材とし、それを解説しつつ、その中に使われる表現を会話でも使えるように用例を変えて載せたりしている本である。
 この本はどうやら好評だったらしく、それに気を良くしたしょうはち先生は『ロックの心2』、『ロックの心3』、さらには「『ビートルズの心』」まで出版された...。俗に言う「心シリーズ四部作」である。(あ、これはデマカセです。)
 が、実際に、その本を手に取ってみていただきたい(モノズキな人は、だけど)。それらには「歌える訳詞付き!」とあって、「メロディーに合わせて無理なく自然な日本語で歌えるように苦心して訳をつけた」そうだ...。一体全体、英語の歌詞も分かっているのに何が悲しくってそれを日本語で歌わなきゃならないのだろうか...? そういう馬鹿げたことをする意図は一体何なのか...? 原詞に「Yeah, yeah, yeah」とあれば、やはり訳詞においても3回同じ言葉を繰り返さねばならない、という趣旨のことさえ書いてあったが、そんな考え方が本当に世間で通用すると思っているのか?(ちょっと、意味不明だけど。(笑)) 「できればこの訳詞でプロの歌手にも歌っていただきたい」というような大胆極まる発言までも...。開いた口がふさがらない、とはまさにこのことだ。
 「ほぉ...。じゃあ、どんな風に訳されているの?」と思ったかもしれない人のために少しだけ具体的に書くと、例えば曲のタイトル。The Beatles の名曲「Hey Jude」は「ねぇ、ジュード」となっていて、John Lennon の「Woman」は「女」である。が、ちょっと待った!(何なんだ、いきなり...?) これは「おんな」ではない。「女」と書いて、「おまえ」と読むのである!(爆)
 何だよぉ、それは...? まるで演歌じゃんか...。
 誰の曲だったか忘れたが「南部人」というものもある...。(どんな曲だよ、それは...?)

 まだ、ある。歌詞に目を向けると、思わず我が目を疑いたくなるようなのが...。 「水曜日の朝5時 夜が明けーる頃」とか...。その「ー」は何なんだよ、一体?
 「世界は皆兄弟」とか...。 笹川さんの団体(ふ、古い...)と何か関係があるのか、John Lennon の「Imagine」は...?

 でもね、しょうはち先生は、きっと本気なんですよ、これが...。

 あぁ、昭和8年生まれのしょうはち先生、退官後、どうなさっているのやら...? 色々書きましたが、私、彼のこと好きなんですよ。「一体何を考えてるのやら...?」と、妙な親近感を覚える(?)ので...。
(1998年12月書き下ろし)
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No.26--棚からぼたもち

 人生、37年も生きていると色々なことがある。「運がいいとか悪いとか 人は時々口にするけど そういうことって 確かにあると〜♪」というのではないが、結局、最後の最後に、最期に(笑)、運の収支決算をすると恐らくは多くの場合「トントン」になるんじゃあなかろうか...?
 ということを含みつつ、「18過ぎて悲しいことばかり〜♪」の私の人生にも「おぉ...。らっきぃ。」と呟きたくなるようなことが幾つか...。その話です。

 (1) 以前、私は広島のデパートの老舗「廣島そごう」が経営している「広島テニスクラブ」というものに入っていた。最初は「ビジター」ということで毎回、なにがしかの金額を払ってプレーをする、という具合であった。というのも個人会員になるには「個人会員権」を購入するのに30万円が必要だったからだ。しばらく通ううちに平日会員であればそんなに年会費も会員権も高くない(確か、合計しても15万円弱)ということを知り、途中から平日会員になった。
 ところが、会員になって2年もしないうちに、そのテニスクラブの位置する一帯が「西部開発区域」に指定され、それに伴いクラブそのものが閉じることになってしまったのだ...。当然、廣島そごうは会員達から「会員権」を買い戻した。
 が、約束された代替のテニスクラブ設立の可能性が低くなった時点で、元会員達の中の弁護士などが「広島テニスクラブ訴訟団」を結成することを呼びかけた。簡単に言うと、裁判沙汰にしようというわけだ。
 「こういうのは一人でも人数が多いほうが有利だから。」という説得を受け、私もその一員となった。署名をしたことを除けば私は具体的には何も行動は取らなかったが、いつのまにか示談がまとまり、訴訟団の団員(?)は、元個人会員であろうと元平日会員であろうと、一律、200万円(!)を手に入れることになったのだった。(爆) 棚からぼたもちとはこのことだ。
 で、思わぬ収入を得た私と私の妻はそれをきっかけとして、ろくに貯金もないというのに、一戸建てを買うという暴挙に出たのであった。(爆)

 (2) その日、HASENOBUはとある中古ゲームソフト屋さんにいた。子供たちにせがまれていたゲームソフト2本を買うためである。お目当ての中古ソフトは定価の5分の1くらいで売られていて、私は会計で2000円ちょっとの代金を払った。御釣りを受け取り店を出てゆこうとする私に店員が声をかけた。
 「只今、お買い上げ金額2000円以上で1回、『サイコロ転がしチャレンジ』ができるのですが...?」
 ふと目をやると、確かにそういうコーナーが片隅に設けられている。レシートを手にして私はそのコーナーへ向かった。
 「なになに...? 『サイコロを3つ転がしてぞろ目が揃えば大当たり』...?」
 レシートを手渡す私に係の者はフェルト製の一辺15cmほどのサイコロを3つ渡した。残念賞は昔懐かしい不二家の「ミルキー」一個のようだ。
 「ミルキー」か...。ほんと、懐かしいなぁ...。あれ、結構、おいしいんだよなぁ...。
 そんなことを思いつつ私は無造作にサイコロを3つ転がした。
 すると! 何と、1の目が3つ揃ったのである!! 係のお兄ちゃんも目を見開いている。(笑)
 そうして私は、思いがけず「ゲームソフト一万円」の金券を手にしたのであった...。こういうのを「無欲の勝利」と人は呼ぶ...。(笑)

 (3) 正月を九州の実家で迎え、さて、そろそろ仕事も始まるということで、HASENOBU一家はすでに広島に戻っていた。確か1月6日頃の話だと思う。買い物帰りに、「あ、そう言えば居間のシャンデリアの電球が切れてたかな...?」ということで、たまたま通りがかったベスト電器のある支店に立ち寄った。
 店内を物珍しく歩き回っていた子供たちが「福袋」に気づいた。きっと初売りの時から並べられていたのだろうが、まだ20袋以上残っている。息子の「じゅそ」(あだ名です、もちろん)が「欲し〜。」と駄々をこねる。 ま、いいか、3000円くらいなら。ということで私は息子の選んだ袋をレジに持っていった。
 すると店員が「袋の中を今、ここで確認してください。」と言う。中の封筒に、袋に入りきれない電化製品や「全商品特別割引券」があるということらしい。で、それを開いてみると、「全商品、現在の売値の3割引き券」が入っていた...。
 ベスト電器といえば、多分、値段はすでに定価の2割引くらいのはずだ。ということは定価の8割の3割引、つまり定価の半額強で電化製品が買えるのだ。(もちろん商品の購入は3個まで、金額は総額20万円以下、といったような制限はあったが。)
 で、結局、ウオッシュレットとCDミニコンポとファックス付き電話機を買うことにした。5年以上前のことで正確には記憶していないが少なくとも5万円は得をしたはずだ。(笑)

 以上、3つの話、いずれも「欲」があって手に入れた運ではないことに注意あれ。(笑) 「そうなればいいのに。」だとか「よ〜し、儲けてやるぞ!」といった邪心がなかったのである。
 あぁ...。とは言うものの、買うつもりもなく、当たることを期待せずに手に入れた(?)年末ジャンボの宝くじがあって、当たればいいんだけどなぁ...。(って、買わないと当たりようもないのだけど。)
(1998年12月書き下ろし)
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No.27--冴えない話(1)

 前回、運が転がってきた話をした。それを読んだ人達の中には「ほぉ...。なかなかラッキーな人生なのかな?」と思った人もいるだろうし、「自慢話めいたものなど要らんわい!」と思ってしまった人もいるかもしれない。別にどっちでもいいが。(笑)

 さて、今回はその全く逆の話。冴えない話である。いや、正確に言うと被害をこうむった話である。「他人の不幸は蜜の味」という言葉の通り、踊るミツバチこと HASENOBU の蜜をたっぷりどうぞ。(分かる人は、爆)  あ、それから、この話は旅行会社の人と妻以外には話したことのないという取って置きの話である。(笑)

 昨年の今日、即ち、12月24日、私はパリにいた。機内泊1、そしてロンドン、パリに2泊、合計で5泊6日の短い「ロンドン・パリ旅行」に出かけていたのである。仕事で JTB の広島支店の海外旅行部の営業課長と懇意にしていて、彼が企画した格安ツアーに HASENOBU は娘と父とを連れて参加したのであった。総勢で8名という非常に小さな団体で、添乗員もつかない。が、上記の JTB の営業課長と、もう一人の JTB 社員は普段は添乗員としての仕事にも携わっており、私にとっては初めてのイギリス、フランスであったが何の不安もなく過ごせた。

 ツアーに組み込まれている観光は最小限。後は自分たちで好きなところを廻ろう、という計画だったというのも容易に察しがつくだろう。ロンドンでは夜、連れ立ってピカデリーサーカスまで地下鉄で出かけ、うろうろしたりした。また、アビーロードへも地下鉄で移動し、見た。(見て写真を撮っただけだけど...。)
 フランスでもパリ市内を地下鉄を足として幾つかの場所を巡った。そして、モンマルトルの丘を見学し、昼食を終え、地下鉄で次の場所(シャンゼリゼ大通り)へ向かおうという時に、それは起こった...。
 クリスマスイブの日であるということもあってか、地下鉄へ下る階段を降り、プラットホームに行くと、そこには結構な人数の人がいた。ホームに滑り込んだ地下鉄もその乗客はかなり多い。超満員、という程ではないがかなり混んでいたが何とか乗ることはできた。
 車両に乗り込み、ふとホームに目をやると20歳前後の女性(ま、はっきり言うとジプシーの女性)が乗れずに立っている。私はドア近くにいたので、もう一歩後ろへと下がり場所を空けた。発車のベルが鳴ったかどうかは覚えていない。が、ドアが閉まる直前、その女性は飛び乗った。そしてその拍子に私の身体にぶつかった、かと思うとその次の刹那、その女性は電車から飛び降りホームへ。ドアが閉まる。「ん?」と私は思った。

 さぁ、賢明な読者諸君、(何なんだ、偉そうに...?)もうお気づきのことだろう。だが、当の本人 HASENOBU は数時間後、ホテルに戻って初めて財布がなくなったことに気づいたのであった...。(爆) 腰までの長さのコート(って、ハーフコートとでも言うのかな...?)の大きなポケットに無造作に(!)入れていたはずだったのに。途中そのコートを脱いだりもしなかったし、かがんだりすることもなかったので落ちたとは考えられない。唯一思い当たるのは地下鉄で不審な行動をとった例の女性だけだ...。絶対の確信はないが、もしも彼女の犯行であるとすれば、実に見事としか言い様がない。(笑) ま、負け惜しみと理解してもらっても結構だが、警戒心に欠ける HASENOBU に目をつけたことといい、あっさりと鮮やかに「すった」その手口といい、感服しないではいられない。起こるべくして起こったのだ、あれは。(爆)

 その財布に幾ら入れていたのかはっきりとした覚えはない。全財産を持ち歩くほどの蛮勇はないので、おそらく日本円、フラン合わせて5万円もなかったこととは思う。しかし、財布の中には運転免許証、銀行のキャッシュカード、その他のちょっとしたカード類を入れていた。
 モンマルトルの丘に行く地下鉄に乗る前に、たまたま公衆電話ボックスの前を通りがかったときに、ふと、「あ、広島に残っている妻に電話しようか...?」と思ってクレジットカードを使って電話をしようとしたのだが、その時に財布から出したクレジットカードはそのままズボンのポケットに入れたままだったので盗られずにすんだ。今思うと、電話をかけようとした(実際には繋がらなかったのだが)ことに特別な意味を持たせるつもりはないけれども、不幸中の幸いだったと思う。(続く)
(1998年12月書き下ろし)
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No.28--冴えない話(2)

 さて、旅路で財布がなくなって困った、かというとそうでもない。(笑) クレジットカードだけは難を逃れたので妻や母達へのお土産を買うのには困らなかったし、持っていった現金全てが盗まれたわけではないのだから。
 ただ、事後処理(?)の問題がある。出発前に加入していた海外旅行傷害保険は盗難もカバーしている。滅多に見ない約款を取り出し読んでみると、事件・事故の発生した現地での報告が義務づけられているようだ...。言おうかどうしようか迷った揚げ句、私は JTB の人に相談した。彼とはもう5年以上の付き合いであっただけに、「すられた」ということを告げるのはとても恥ずかしかったのだが...。(笑)
 しかし、さすがに旅行のプロ。こういう事例には何度も遭遇したことがあるらしい。的確なアドバイスを授けてくれた。父や娘には、もちろん、このことは黙っておいた。(笑)

 が、問題は、妻である...。というのも、この財布は妻が職場旅行で韓国に行った際にお土産として免税品店で(笑)買ってきてくれたとあるブランドの財布なのだ...。一度デパートで同じものを見かけたことがあったが、売価35,000円...。実際に使い始めてまだ1年も経っていなかったのに...。擦り切れて使えなくなるまで、何年でも大事に使おうと思っていたのに...。

 失意の中、帰国した HASENOBU は、当然、そのことを妻に切り出せずにいた...。(笑) 帰国の翌日には父親を連れて、一家で九州へ車で里帰りする予定になっていたが、もちろん、免許の再交付を受ける時間的な余裕もない。従って、免許不携帯の確信犯として私は一週間以上を過ごした。(笑) 元来、気の弱い私はその間、びくびくしながらハンドルを握っていた。(笑)
 ちなみに九州に戻ってから、似た色合いの財布を買い求め、どうにか、しのいだ。(爆) なくしたのと同じ財布はもう型番遅れになっていてどのデパートに行っても売られていなかったのだ...。

 一方で、私は秘密裏に「傷害保険」の補償金申請(?)の手続きを JTB を通して進めていた。(笑) もちろん、現金は補償の対象外であるが、財布そのものが(私にとっては)高価なものであったので同行した JTB の方の「証言」を得て無事に申請は済んだ。後は、なにがしかの補償金が支払われるのを待つばかりである。
 と思った私が軽率だった。保険会社より確認の電話が自宅の留守番電話に入り、私より先に帰宅した妻の知るところになったのである。(爆)
 「何? この12月24日の盗難事件って?」と妻に詰め寄られた私は観念して、吐いた。(笑) 妻は「やれやれ...。」と言わんばかりの溜め息をついた。(笑) あぁ、これでまた一つ「私の夫は冴えない男」という印象を妻に植え付けたことと思う...。(爆)

 以上、冴えない男の非常に冴えない想い出話でした。(笑)
(1998年12月書き下ろし)
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No.29--先生あれこれ(1)

 似たような趣旨の話を以前、どこかに書きましたが、ま、いいでしょう。  私自身、教員をしてますし、妻も、そして妻の妹や父も元教員でしたし、大学時代の友人のほとんどは教員をしておりますので、教員ネタ(?)には事欠かないのです、はい。(笑) で、この年末年始に帰省して耳に挟んだ話を幾つか...。

(1) 一つは25年経って明らかになった話である。私自身はその先生に習ったことはないのだが、中学時代に数学の教師にM先生という方がいらっしゃった。中学の数学というと連立方程式だとかを思い浮かべて貰えればいい、と思う。で、そういうときに「太郎君は一個80円のリンゴを〜、花子さんは一個300円のメロンを〜」といった感じの問題があったりしたものだ。そして、教科書に載っている問題だけではなく、類似の問題を教師というものは出して、生徒達がちゃんと理解できたかどうかを確認したがるものである。
 M先生も、そうだった。が、彼はそういう問題を作るとき、必ず女性名として「オソメさん」という名前を使ったそうである...。昭和30年頃の話ではない。昭和50年代の話だ...。「オソメさん」って一体、誰だったのだろうか...? 今でも、M先生の授業を受けた者たちが集まると話題になるそうである...。

(2) ちなみに上記のM先生の息子さんは私の親友である。彼は現在、小学校の教師として大活躍中らしい。(本人の弁) で、今では「新規採用教員」2名の指導係としての任務を担当しているそうだ。
 彼が指導しているH先生は、ひどい、らしい。(笑)
 あまり詳しく書くと愚痴になりそうだが...。(笑) ある時、彼はH先生の授業を後ろで参観しながら「あぁ、ここはもう少し説明を加えて児童が分かったかどうかを確認しないと...。」などと、気づいた点などを克明にメモしていたそうだ。そうこうしている内にチャイムが鳴り、授業は終わった。が、彼はまだ書きかけのメモを仕上げるべくノートに記帳を続けた。ふと、前を見るとH先生の姿はない...。児童に尋ねてみると「もうH先生は職員室に帰られたみたいです。」と言う。「は...?」 慌てて職員室に戻った彼はH先生が自分の席でお茶を飲みながら寛いでいるのを見て愕然としたそうだ。
 「授業を参観してもらって、そしてメモまで取ってもらっているのに、さっさと自分だけ職員室に戻ったりして、お礼の一言もないとはどういうことだ!?」と彼はH先生を叱り飛ばしたらしい。だが、彼の真意は、恐らくH先生には伝わらなかっただろう...。彼自身、H先生の行く末が心配だと言う...。
 私も、この話を聞いて、そういう「アマチュア」のままの教師がどんどんと増えていっていることを痛感した...。(私自身のことはさておき...。(爆))
(1999年1月書き下ろし)
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No.30--変な話

 以前、ここの「雑文シリーズ」(いつからシリーズになったのだ、HASENOBUよ?)に「No.18---ああ言えばこう言う」というのを書いた。で、その中に次のようなことを書いている。

---以下、引用---
 人と議論を交わす。中には「逆に言えば〜〜ということになりますね。」といった表現を好む人もいる。その度「ちょっと待って下さい。何で逆に言う必要があるんですか? 勝手に逆にしないで下さい。」と、どこかもっともらしいことを思わず言いたくなることがある。言わないけど。
---以上、引用---

ということから分かるように私は「逆に言うと」という感じの話し方はあまり好きではない。ま、中には「逆に言う」ことによって、意外な一面が明らかになることもあるけれども、ほとんどの場合は、その「逆に言う」ことで自分の方に都合がいい話へ持ってゆこうとする手合い(笑)が多いからなのだが。

 さて、昨年の秋、諸般の事情で妻の車を買い替えることにした。(詳細はまた気が向いたら別の機会に...。)その関係で幾つかの車のディーラーや中古車店を廻ったりしたのだが、フォードの店で応対してくれたとある営業マン F氏は、なかなか好感の持てる人物でフェスティバミニワゴン(マツダのデミオの兄弟車)を買おうかと、かなり真剣に考えたほどだった。(結局は全然違う中古車にしましたが。(笑))
 だが、そのF氏、妙に気になる話しぶりをするのだった。「逆に言えば」の連発は、まぁ、よしとしよう。(笑) が、彼は、その言い回しに飽き足らず(変な話に聞こえるかもしれないが)「変な話をすると」というフレーズを連発するのだ!(爆)
 で、じゃあ、一体どんな「変な話」なのかというと、例えば、それは「変な話をすると、今月は新車の出が悪くて、今月の登録で買っていただければ、さらによい条件を出します!」程度であり、決して私には「変な話」には思えないものばかりなのである。むしろ、そういうことを「変な話」とする方が変な話であり、よって彼は我が家では「変なFさん」というレッテルを貼られてしまったのは言うまでもない。
 また、当然、その変なFさんが「変な話」をする度に私は「ちょっと待って下さい。勝手に変な話に持ってゆかないで下さい。普通の話が聞きたいのです。」と、思わず言いたくなった。言わなかったけれど。

 う〜ん、何の毒もない話ですねぇ、これも...。最近「牙が抜けた」、「丸くなった」という声が寄せられることが多いのですがワニと同じで、また新しい牙が生えてくるかもしれないので...。生えないときは入れ歯にします、はい。
(1999年1月書き下ろし)
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