とんぼ(ちゃん)に関する色々 Part 2


 前回に引き続き、今回の情報も色々な方達が私の掲示板に書いて下さったこと、あるいは今までの「とんぼちゃんメーリングリスト」で流された情報をもとにしています。一人一人お名前を挙げませんけれども、厚く厚く感謝いたします...。
(2000年5月23日 最終更新)




・1973年5月に行なわれた第5回ポプコン東北大会の件:
「NSPが岩手県代表 とんぼちゃんが秋田県代表で一緒に出場していた」とのこと。ちなみにNSPは入賞しそしてデビュー」という情報あり。

・CMのこと その2:
「トンボ学生服のCMに出ていたと思うんですが。『君たちまだトンボじゃないの』というセリフで。私の記憶違いでしょうか?」との質問あり。言われてみると、うん、そういうコマーシャルがあったような...。詳細は不明。

・ラストコンサートのライブLP「ありがとう」の中に、何故「ひなげし」が、入っていないのか?:
 これについては「そのLPを買った時にすごく疑問に思った」との意見があり、それは「あの曲は、コンサートの時一番盛り上がる曲」であり「ひなげしを歌った後は、必ず二人ともギターの弦を、何本か切っていたのを、覚えています。」という根拠(?)があるからであるが、別の方から「そうなんです。『ひなげし』は歌わなかったんです。(と思います。私の記憶にはありません)」との回答あり。さらに「でも、トンボのコンサートには何度も行きましたが、毎回『ひなげし』を歌っていたわけではなかったような・・・。」との情報も。

・ラストコンサートで:
「アンコールの時に、とよがよんぼの頬にチュッ!とやったんです。いつもなら会場も『キャー』なんて言うのでしょうが、その時はファンはもう涙、涙で・・・。『ひなげし』の変わりに『貝がらの秘密』で盛り上がりましたね。やはり最後はデビュー曲で締めくくりたかったのではないでしょうか?」

・とんぼちゃんの自主制作レコードのこと:
とんぼちゃんが高校在学中に制作したレコードに関して「自主制作で何枚のレコードを作ったのかすら不明です。ただ、あっという間に売れ、地元・秋田放送ではリクエスト番組のベスト10にも入ったということなのでまとまった枚数を作ったのではと想像していますが入手は困難かと思います。」との情報あり。そこで「当時そちらにお住まいの方が持っていれば・・・」ということが切に望まれるところである...。

・1980年のコンサートツアータイトルは...?
「『今、限りない時』でした。」との情報あり。

・とんぼ解散の理由は...:
「表向きには、よんぼの声が、以前のように(17歳でデビューしたので)きれいな声が出なくなった、ということでした。でも...解散後の、ライブハウスでのとよ一人のステージで、『レコード会社での契約が継続されなかった』ようなことを言ってました。悲しげに、そして少し怒ってました。」との情報あり。

・伊藤氏のその後(その2):
「しばらく、ロンドンに行っていたようですが帰国後、何回かライブハウスで活動していた」、ただし「今は、名前を見かけません。」との情報あり。

・市川氏のその後(その3):
「よんぼが、現役高校生の女の子をプロデュースして『はる』って名前で、活動を始めている」そして、「『はる』のホームページのURLを紛失してしまったのですが、この前、FM横浜で『はるのバンダナプレゼント』とかってキャンペーンやってました。」との情報あり。

・HASENOBUの感想(爆) その1:
「実を言うと、これまで私は、とんぼ(ちゃん)の曲では、あまり『とよ』の歌う曲が好きではありませんでした。どちらかというと、個人的には『よんぼ』のハイトーンが好きだったのです。『透き通る声』と表現すると、何となく『冷たい、無機質な声』というイメージを含めてしまいそうですが、よんぼの声は温かく、とても温かく心地よいものでした。それが、今回、初めて知ったのですが、最後のライブアルバムでは、高音部になるとかなり苦しそうな、喉を振り絞ったような声になってしまっていて、聴いていて、こちらまで苦しくなるような、痛ましい感じがしました...。そしてそれがとんぼの解散の最大の理由だとすると、本当に、本当に残念です。(それに引き換え、小田和正氏は、超人的ですよね〜、50歳を過ぎて、なお、あのようなヴォーカ
ル...。)」とHASENOBUは私信にて、とある人物に書いて送っている。(笑)

・HASENOBUの感想(爆) その2:
「『よろしくさよなら』も大変気に入りました。いい曲が多いですねっ、これは!! そして、ふと気づくとよんぼの歌よりもとよの歌の方が好きになっているという...。(笑) (『まわり道』、『楽しい季節の後で』など、ま、昔から好きな曲はありましたが。) 
 いわくつきの(笑)『スクリーン』。これは、稲垣潤一よりもとんぼの方がいいです、はい。『スクリーン』の作詞者が誰なのかは知りませんが、ストーリーがありますよね。ほのかな、淡い思い出を呼び起こすような、そんな情景..。それから『怜子』、『夜明けの電話』。いいですね〜。これらは、全部、とよがうたってい
るんですよね、気がつくと。
 とよの、う〜ん、何というか、少ししゃがれた感じのヴォーカルも、とても味がありますね〜。」
とHASENOBUは私信にて、とある人物に書いて送っている。(笑)

・HASENOBUの感想(爆) その3:
「以前、私は**さんに宛てたメールの中で『曲名ははっきり分からないのだけれど、恐らく、とよがソロになってからの曲で、有線で流れてきたのが印象に残っている』というようなことを書きました。その後、それは『ピンボールナイト』という曲だったのかな、と思った次第ですが、どうやら、それは『怜子』だったようです。というのも、『怜子』を聴いたときに、とても、とても懐かしい感じがしてならなかったからなのですが。特に、サビのあたりには聞き覚えがあって...。(もしかしたら、違うかもしれません。どことなくクリストファー・クロスの『ニューヨーク・セレナーデ』にも似ているので。)」
とHASENOBUは私信にて、とある人物に書いて送っている。(笑)

・とんぼちゃんとふきのとう:
「実は私はデビューする前から(たしかライオンフォークビレッジというニッポン放送のラジオのコンテスト)彼らのライブを見ました。まだふつうの学生でした。そのコンテストにはふきのとうも一緒に出ていました。まだデビューもしていないのにとんぼちゃんにはたくさんのファンがいたんですよ。わたしも『貝がらの秘密』を聞いていいな・・と思いました。」との情報がHASENOBUに私信にて寄せられている。

・やっぱり合わない。みなさんはどう思いますか?:
「どうしても納得いかないことがあります。とんぼの名曲『遅すぎたラブソング』の最後の歌詞で
『明日私はアメリカに行くの。もう帰らないつもりで行くの。』という部分がありますが、どうしても『アメリカ』の部分がこの曲の歌詞全体にマッチしていないように思います。作詞は私の記憶が正しければあの松本隆さんだったと思いますが、『アメリカ』の部分もっといいフレーズなかったんでしょうか?」との質問がとんぼちゃんメーリングリストに流れた。
投稿された方がおっしゃる問題のフレーズは以下の通り:
「時の歯車そっと戻して
もう一度だけやりなおそうか?

あなたが昔捨てた女よ。もうこれ以上いじめないでね。
明日私はアメリカに行くの。もう帰らないつもりで行くの。」

ということで、これについては色々と意見が分かれるところであろうが、私(HASENOBU)も「アメリカってのは、ちょっとね〜。」という気がしている...。「あなたに二度とかけないように 電話にテープ 貼った日もある」というフレーズなどは、うん、とっても心に沁みるのだけれども。

・とんぼとチューリップ
「TULIP MLの宮城ファンからの情報によりますと, 宮城さんが転校した時にとんぼちゃんの人は隣のクラスだったそうで『とんぼちゃんとみやちゃん』という名前で, 何かの大会で優勝したとのこと」との情報あり。

・アルバムに収録されていない「ひなげし」と「奥入瀬川」について:
「私の記憶では今から17年ほど前『とんぼが選んだベスト50曲』なるミュージックテープが売られていてそのなかに『ひなげし』『奥入瀬川』は入っていたように思うのですが....」との情報あり。


・「ひなげし」の局所的(?)ヒット:
「全然参考にならないのですが、たぶん昭和52年頃に、大分県の佐伯鶴城高校というところで『ひなげし』が大ヒットしていた、という情報をその高校出身の友人が語ってくれたことがあります。(ちなみに私は中学〜大学は熊本におりました。)」とHASENOBUは私信にて、とある人物に書いて送っている。(笑) また、そのメールを受け取った方(大分県出身)も「ただ、キャンプに行ったときにキャンプファイヤーでどこかのお姉さんたちのグループが『ひなげし』をギターをもって歌っていたので、結構有名な曲なんだなぁ、と思った記憶があります。」との思い出を語っている。

・ライブの締めくくりにふさわしい曲は...?:
「実際にライブの締めくくりは、この曲(『さよならの前に』)でした。とんぼちゃんの時は、『小さな頃から』でしたが、とんぼになってからは、『さよならの前に』を大合唱して終わってましたよ。いずれも、アンコールでの最後の曲です。」との情報あり。

・とんぼと松山千春:
「まだ、私が(世間が)『松山千春』という名前を知らなかった頃、小倉市民会館(福岡)でのコンサートの中で、その名前が出てきました。『松山千春』という名前に反応したのは、数人だったのを覚えています。『とてもかっこいい男性だ』という言葉を何度も言っていました。どうして、『松山千春』の名前が出てきたのかは、ぜんぜん覚えていませんが、やはり、仲が良かったんですね。」との思い出が「とんぼと松山千春」を読まれた方からの感想で語られている。

・とんぼと笑福亭鶴瓶:
「ところで、話は違うのですが、笑福亭鶴瓶とも仲が良かったみたいで、コンサートにもよく来ていたようです。そして、笑福亭鶴光のオールナイトニッポンを聞いているととんぼの曲がよく流れていたんですよ。それも『愛の音』とかシングル化されていないような曲まで。」との情報あり。

・レコード化されていない曲:
「最後の解散コンサートの時の冊子が出てきました。発行は、『東京労音とんぼプロジェクト』となっています。本人たちのあいさつ文などが書かれていて、4つほど、レコードになっていない詩が書いてあります。どんな曲だったかぜんぜん覚えていませんが、ひとつご紹介しますね。

**************************************
君のために(愛する息子祥平へ)

愛しているんだよ この世に生まれてきてから今日まで
これからも愛すだろう 僕が死ぬまで 愛は変わらぬ
はばたけ 鳥のように自由に
かがやけ かぎりないもののように

※この手はなれてゆくのはわかるけど
空を見ながら歩いてほしい※

どうしておまえは 涙浮かべ僕を見つめる
おしえてそのわけをいつもの笑顔が
僕は好きだよ

静かな 淡い光の中に
聞こえる おまえの愛の言葉

※くりかえし
**************************************

とよもレコードになっていない曲がたくさんあるはず。」との情報がとんぼちゃんメーリングリストに流れたことあり。今思うと、「息子への限りない愛情」をテーマにしているという点ではとよの「ディズニーランドダディ」も、何となくこの幻の曲と相通じるものがあるような気がする...。

とんぼの部屋のトップへ戻る inserted by FC2 system